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源氏物語:和文の流れを大切にした原文テキスト
段落タイトルも注釈用の一,二,三,...も「 」右肩の人名も無い、純粋に原文のみのテキストを作成しました。「源氏物語の世界」に掲載の本文をお借りして、縦書きに変換、段落タイトルを削除、更に些か過剰な読点と改行を岩波『新 日本古典文学大系』版に合わせて削ったものです。
和文の柔らかさと密度の高さを兼ね備えた散文を、お楽しみ下さい。
iPadのブラウザSafari上で以下のリンクをタップした後、「ブックにコピー」すれば、四分冊の形でダウンロードできます:
iPad 用 / パソコン用 :
a系 (桐壷,若紫,...) / a系
b系 (帚木,空蝉,...) / b系
c系 (若菜上〜幻) / c系
d系 (宇治十帖) / d系
(iPadで読みたい帖にすぐ行けるよう、アプリ "iBooks"が自動生成するページ数を、目次に (青字) の形で示しました)
a系, b系とは、『源氏』54帖の執筆順に関する武田宗俊の仮説に従って前半33帖を二系統に分けたもので、以下の通りです:
a系 (紫上系):桐壷 若紫 紅葉賀 花宴 葵 賢木 花散里 須磨 明石 澪標 絵合 松風 薄雲 朝顔 少女 梅枝 藤裏葉
b系 (玉鬘系):帚木 空蝉 夕顔 末摘花 蓬生 関屋 玉鬘 初音 胡蝶 蛍 常夏 篝火 野分 行幸 藤袴 真木柱
武田説を要約しますと、
1)『源氏物語』前半33帖は紫上系と玉鬘系に分離できる。
2)玉鬘系は紫上系の完成後に書かれ、現在の場所に挿入された。
その根拠は「『源氏物語』54帖執筆順の謎:大野晋の解説書紹介」にご紹介しましたが、主要な点を引用します:
1) 紫上系の人物は玉鬘系にも登場するが、玉鬘系に初登場する人物はその後に来る紫上系の帖には登場しない。
2) とりわけ、前半33帖の大団円とも言うべき梅枝,藤裏葉には、光源氏が関係した多くの女性が勢揃いしているのに、玉鬘が全く姿を見せない。
3) 紫上系で起きた事件は玉鬘系に影を落しているが、玉鬘系で生じた種が紫上系に戻って活動することは無い。
尚、以上のファイルは飽くまで和文を味わうためのものであり、匂宮,紅梅,竹河は割愛しました。「勝手なことをするな」とお叱りを受けるかも知れませんが、大野晋・丸谷才一『光る源氏の物語 下』にこの三帖について詳しい分析があり(p.193以下)、結論部分を引用しますと:
丸谷 この三巻は本来の『源氏物語』にはなかったんでしょうね。読んで別に楽しい思いをすることもない。
大野 読んでいたらいやになる。研究してみると、いろいろ怪しい。というのが結論かな。
丸谷 読者はこの三巻を飛ばすほうがよいとおすすめしたい。
大野 賛成です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2013年1月、「源氏物語の世界」に掲載の本文を元に、iPad用ファイルを作りました (注の五参照)。その時は、生まれて初めて一, 二, 三,...も「 」右肩の人物名も無いテキストで原文が読めると、大満足でした。しかし残念なことに句読点が多く、会話を引用する前後で必ず改行し、心中の思いまで改行して「 」で示してある。暫く読んでいる内に、草書の如き和文の流れがブチブチ切られる感覚に耐えられなくなりました。
それなら『新大系』版で読めば? と仰るでしょうが、こちらは国文学の学生・研究者向けに底本を忠実に再現するための工夫が災いして、物語として通読するには煩雑です。何しろ、
1)底本に平仮名であった語を漢字表記した時は振り仮名で示し、
2)元々漢字表記で読みにくいものには ( ) 入りの振り仮名、
3)歴史的仮名遣いと異なる平仮名は ( ) 入りの振り仮名で訂正、
4)底本以外の青表紙本で異同のある文字には数字を付けて注で指摘、
という調子です。
そこで試しに、iPad用ファイルのちょうど読み始めた帖だけ、『新大系』版に合わせて余分な句読点, 改行,「 」を削ってみた。期待通り、読み進むに実に快く、ページの体裁もすっきりした。
そういう処理をすれば、『新大系』版から数字・振り仮名を取り除いた本文が得られると分ってはいたけれど、54帖全体に亘って手作業でやるなど正気の沙汰ではないと、自分に言い聞かせてきた。それが一帖だけ試してみた結果、読み進むのに合わせて少しずつ先回りして行けば、何とか実現可能なことが判明した。これで和文の流れがブチブチ切られるような感覚からは解放されるし、一年もすれば全体が完成する... というわけで、桐壷から作業を始めて、漸く全帖完成しました。
勿論、底本には句読点等が一切入っていないわけで、それを『新大系』版に合わせたファイルを勝手に公開するのは、問題無いとは申しません。自分だけに留めるべきかとも思いましたが、こういう形で読みたいと望むのは世の中に私一人とも思えず、折角手間暇かけたものを、愛好者に利用して頂こうと考えた次第です。
それに、注釈まで写し取って提供すればれっきとした著作権の侵害でしょうが、今回の岩波風ファイルを利用するには、一度は注釈本のお世話にならなきゃ無理です。そういうものを無料提供しても、同社のビジネスに損害を与えないのではないか。むしろ、このようなテキストの出現により、小説のように原文を読んで楽しむ読者が増えれば、周囲の人も関心を持つようになって、『新大系』版が更に売れるかも...
一方、日本中の国文科で「『源氏』はまず何より文学作品なんだから、訓詁の学も大切だけど、一度は『あてもなき夢想...』が提供する岩波風テキストで通読すべし」とアドバイスするようになれば、これは同社のビジネス・チャンスを奪う可能性無しとは言えません。もっともそれも、同社が必要最低限の振り仮名だけに留めたテキストを、iBooksまたはアプリの形で販売する気になればの話です。
いずれにしても、元々は自分が気持良く読み進められるようにと始めたことですから、公開した行為を同社に咎められたら、すぐに撤去します。でも撤去するだけでは足りず、損害賠償まで求められたらどうしよう...
追伸その一:冒頭に引用したサイトに、「私の作成したテキストに関してはダウンロード及び加工等もご自由」と明記されていて、大変感謝しています。句読点, 改行等の他、漢字の当て方で腑に落ちないものも、目に付いた限り『新大系』版に合わせました。
追伸その二:『新大系』版でも帖によっては、担当者の好みなのか、「源氏物語の世界」のテキストよりも却って句読点・改行の多い箇所があります。そういう箇所は朝日『日本古典全書』版に合わせました。
追伸その三:『源氏』は、会話の言葉が誰のものか判別しがたいとの評判ですが、
前後の脈絡、
敬語・謙譲語の使い方、
一般に先に口を開くのは男で口数が多いのも男、
などを考慮すると、誰の言葉か殆どの場合分ります。
岩波文庫版 (山岸徳平校注) や小学館「古典セレクション」版を覗いていて突然思ったのですが、「 」右肩に人物名入りのテキストで読んでいる限り、いつまで経っても自分で判断する力が付かないのじゃないか知らん。だから私の用意したテキストでお読みになるように、などとは申しません。『新大系』版では、人物名の代りに注釈用の数字を記し、自分で考える余地を残しています。
追伸その四:正にこんな形で読みたいと思っていた本文が実現し、今では自宅でも手製のファイルをiPadで読んでいます。三回目の通読以来頼りにしてきた『新大系』版が、「恩知らず〜」と呟いているようですが、自分の解釈に自信が持てずに注釈を見ると、全く読み違えていることもある。いくら和文が好きでも、意味を取り違えたまま読み進むのは空しい限りで、『新大系』五巻本の存在意義が無くなったわけじゃありません。
追伸その五:ご参考までにファイル作成の手順を記すと、
1)帖毎に「源氏物語の世界」の本文をブラウザ上でコピーし、Wordに移す。
2)縦書きに変換する。
3)できた文書をpdf化する。
4)iBooksのコレクション「PDF」は横書きを前提としているので、縦書きのWord文書をそのままpdf化してiPadに移すと、ページを右へ右へと繰って行かねばならず、縦書きの文章に合わない。そこでpdf化の際に「印刷順序を逆に」した。このため、iPadの画面下に自動表示されるページ番号は逆順になっている。
5)老眼の私でも一々拡大せずに読めるよう、Word文書で活字のポイントや縮小率を調整し、一行の文字数も『新大系』版に合わせた。
追伸その六:字を大きくしたいがページ毎に拡大操作を行うのが面倒という場合、108%まで拡大できます。パソコンにダウンロードしたpdfファイルを、印刷機能を用いて印刷の代りにpdfファイルとして保存し直して、iPadに送ればいいのです。
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2013年1月に作成したファイル
a系
b系
c系
d系
("iBooks" 上のファイル名「SeriesA」等)
前半33帖を通常の順で読みたい方は、以下のリンクをお使い下さい:
第一部 (桐壷 〜 関屋) (ファイル名 Part1)
第二部 (絵合 〜 藤裏葉) (ファイル名 Part2)
Re: NoTitle
> ちょっと気になりまして…。
ご指摘誠に有難うございます。お恥ずかしい限りです。ある時期まで「大系」という表記を意識していたのですが...