あてもなき 夢想に耽らぬ 人やある

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促進させる、加速させる、...:一体 誰にさせるの?


最近、NHKも含めて以下に挙げるような言い回しが頻繁に聞こえてきます:

再生可能エネルギーの導入を促進させる...
研究開発を加速させる...
政策の検討を本格化させる...
経済を強化させる...
地域の総力を結集させる...
風力発電を実現させる...
ANAがボーイング787の運航を再開させる...
中国は自らの軍隊を近代化させることにより...

促進する、加速する等々いずれも他動詞ですから、「...導入を促進する」「研究開発を加速する」などで充分なのに、何故「... させる」という使役の助動詞を加えるのでしょう。不思議を通り越して不愉快なので、自分なりに分析を試みました。ここで念のため整理すれば、「させる」を加える形には二通りあります:

 1) 「食べる」のような他動詞なら「子供にりんごを食べさせる」
 2) 「行く」のような自動詞なら「子供を学校に行かせる」

冒頭の例は、国の政策として再生可能エネルギーの導入を促し進める、企業が研究開発をスピードアップする、等々の趣旨で使われていて、「誰々に」という要素がありません。従っていずれも 2)「子供を (...) 行かせる」の構文であって、促進する、加速する等々が自動詞と見なされていることになります。

しかし改めて文全体の趣旨から考えると、導入, 研究開発, 検討, 経済, 総力, 風力発電, 運航, 軍隊などいずれも関係者の行為の対象、つまりは目的語であって、2) の「子供」のような、「させる」が付く前の自動詞の主語ではありません。本来目的語であるものを主語として自動詞的行為をさせる、という構文そのものがおかしい。促進する、加速する等々は自動詞だと言い張れば文法的には成り立つようでも、意味的には破綻しているのじゃないでしょうか。

くどいようですが、促進する、加速する等々はいずれも他動詞であって、「大臣が官僚に対して国際交流を促進させる」というような場合を除いて、使役形にする必要などありません。しかし上のような使用例を見ていると、自動詞だからどう、他動詞だからどうと、明確に意識してのことではないらしい。言ったり書いたりしている当人は、「...を促進する」「...を加速する」だけでは音韻的にいささか弱いと感じるのではないか。そこで少しでもメリハリのある話し方をしたい余り、文法構造などとは無関係に、音としてよりインパクトがあると考えて「...させる」と言ってしまう、ということじゃないかと思うのです。

ただここで一つ気になるのが、古文における最上級の尊敬表現、例えば帝(みかど)が後宮の女性に実家への退出を「許させたまふ」という類です。古文に関心の無い方でも、高校の授業で解説を耳にした記憶がおありじゃないでしょうか。帝は恐れ多くも畏くも至高の存在であらせられるので、「許す」という他動詞を単に「許したまふ」としただけでは尊敬の度合が足りない。そこで、自身の行為であるにも拘わらず、自分は何もせずに誰かにさせるという使役形にして、一段の敬意を表す。それが「許させたまふ」であると。

じゃあ他動詞「促進する」の用法として「促進させる」もアリかって? それはどうでしょう。古文の場合、そもそも「...したまふ」という尊敬語を使うべき貴人の場合に、その上を行く尊敬表現として「...させたまふ」があるわけで、単に使役形だけの「促進させる」は成立しないと思います... いや待てよ、ひょっとすると、帝専用とも言うべきこの表現が、恐れ多くも畏くも遠く現代にまで妖しき力を及ぼして、こんな用法を出現させたのかも...

いずれにしても、日本語を本来の形で印象深く或いは説得力あるように使う努力をしないまま、音の効果だけでメリハリのある話し方を追い求めるのは、聞いていて淋しくなります。NHKだって、日本語の正しい用法を守っているのは自局だけみたいな顔して、冒頭に挙げた例は全てNHKのニュースで耳にしたものです。恐ろしいことに、「加速させる」ではもう満足できずに「加速化する」なんて言う人が出現していますから、じきに「加速化させる」になって、その内にもっとメリハリを利かせたい人が「加速化させさせる」なんて言うようになるんじゃないでしょうか。あ〜も〜想像するだけで気が滅入る...

:同じような構文「...を...させる」でも、元々自動詞である「崩壊する」などであれば、「体制を崩壊させる」等の例はあります。上と同じに分析すれば「体制に、崩壊するという自動詞的行為をさせる」です。こちらはなぜ可能なのかと言えば結局、「崩壊する」が自動詞だから、ということに尽きます。つまり、問題の動詞が自動詞か他動詞かという区別が根本にあります。

実は「崩壊させる」を挙げたのは、MSが開発したタブレットPC「サーフェス」に関する2013.02.24付け日経の記事「OSで協業、端末は競合 国内メーカーとの関係に変化」の中に、次のセンテンスを見付けたからです:
 
MSは「(サーフェスが) メーカーとMSが長年築いてきたエコシステム(生態系)を崩壊するものではない」と強調する。

言うまでもなくここは、「崩壊させるものではない」が正しい。残念ながら、こんな表現が日経に載ってしまうくらいに、自動詞・他動詞の区別に無頓着な人間が増えてしまっているのです。

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