あてもなき 夢想に耽らぬ 人やある

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丹沢で遭難する術


大学時代、友人に誘われて登山を始めました。リュック・寝袋は勿論のこと、登山靴もわざわざ革製のものをあつらえ、穂高や南アルプスの北岳などそれなりのところにも登りました。

登山を始めると当然、「山と渓谷」社等の解説書を色々と買い込むわけですが、その中に北アルプスに関するガイドブックで正に名文と呼ぶべきものがありました。徒然なるままにどの山ともなく開くと、ついつい引き込まれて数ページ読んでしまう。そうやって繰り返し読んだ文章の一節に、今でも記憶に残っているものがあります。道に迷った時の注意で、大意次の如し:

 「道に迷うと、とにもかくにも麓を目指して降りて行きたくなるのが人情だが、まず間違いなく沢などに入り込んで、どうにもならなくなる。絶対に、今来たところを可能な限り逆に辿って上の方に向うこと。その内に見通しも良くなり、必ず本来の道が見付かる。しかし、人は迷ったと知ると往々にしてパニックに陥り、この忠告も思い出せないかも知れぬ。そこで、迷ったと思ったらまず足元にある花をたぐり寄せて、その香りを嗅いでみるが良い」

さてガイドブックを読んでどこそこに登りたいと思っても、いつも野郎ばかりのグループじゃ面白くないし、かと言って一緒に行ってくれる女性もいなかった。仕方ないから、ときどき単独行をする。一人で登るとなると、丹沢程度の山でも悲壮な覚悟で事前に必死でルートを調べていくのですが、それでもある時、山頂に着いてさて帰ろうと歩き始めて、ふと気が付くと道がありません。迷ったんです。

そして、迷ったと意識した途端やっぱりパニックに陥り、「降りて行くべからず」という忠告をあれだけ繰り返し読んでいたのに、降りて行きました。道無き斜面を下へ下へと数十秒も歩いたかと思う頃、ふっと「足元の花の香り云々」が頭に浮かび、実際に花をたぐり寄せるまでもなく肝心の忠告を思い出しました。その通りに頂上に向って登って行くと、果して周囲の見渡せる場所に出て、すぐに本来の道が見付かりました。そういうわけですから、あのガイドブックが出版されていなかったら、私のブログをお読みになることも無かったでしょう。

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