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女は存在であるが男は現象に過ぎない...
免疫学者・多田富雄の言葉です (『生命の意味論』新潮社)。
ヒトの性染色体はご存知の通り、
女:X染色体二本
男:X, Y一本ずつ
です。以下、多田富雄の解説を引用しますと、
1)X染色体はサイズが非常に大きく、しかもヒトの生存に必須な遺伝子が目白押しに並んでいる:
血液凝固や色覚のための遺伝子、免疫細胞を作るのに必要な遺伝子等々。
2)Y染色体はXに比べて著しく小さく、配置されている遺伝子の数も少ない。
3)男の場合、受精卵の段階でXが欠けていると、生れてくることさえ出来ない。
X一本だけでYが無くても生存に支障は無く、性としては女になる。
ではその貧弱なYは何をしているのか。1980年代後半に解明されたところによると、Yには精巣決定因子という遺伝子が含まれており、受精後8週目にこれが働き出して、男への分化が始る。具体的には、
4)受精後7週くらいまでの胎児には、ウォルフ管・ミューラー管という二つの管が付いている。放っておけば、特別なホルモンなどが働かなくても、自然にミューラー管が発達して輸卵管や子宮などが形成される。
5)Yを持つ個体の場合、8週目になると精巣決定因子が働いて精巣ができ、それが分泌するあるホルモンによりミューラー管が退化する。するとウォルフ管が発達し始めて輸精管となり、並行して男の大事なモノも形成されて行く。
6)精巣が作り出す男性ホルモンは、放っておくとある酵素の作用で女性ホルモンに変わってしまうのだが、精巣決定因子の産物がこの酵素の遺伝子を負に調節して、男性ホルモンが変化しないように引き留める。
というわけで、ヒトはもともと女になるべく設計されている。Yを持つ個体の場合、精巣決定因子なる遺伝子が実に回りくどいやり方で、自然の成り行きを捩じ曲げて、無理矢理オトコを作り出している...
と、ここまでが多田富雄の解説です。
これには当然、進化の結果に過ぎないものに特定の価値観を紛れ込ませている、との批判があるでしょう。それでも私は、標題の一句にあらがい難い魅力を感じます。というのも有史以来、様々な宗教が
女性は罪障の源である
男の魂の救済を妨げている
などと勝手な理屈をこねて (煩悩という現象の塊である私は、そのような女性観も充分過ぎるほど分りますが)、結局は男が得するような社会を築き、それが今でも厳然と維持されている。
ところが現代生物学によればどうやら、卵を作る女だけいれば充分だったところを、性生殖のメリット(嬉しいことが色々できる... という意味じゃありませんよ) を追求する内に、男が発生してきたらしい。正に「男は女のあばら骨から作られた」と言いたくなるような事実です。
そこでこの際、標題のようなレトリックでオトコ達に逆襲するのも少しはバランスが取れて良いかな~、と思うわけです。
それにこんな仕掛けを読んでしまうと、「ヒトゲノムには数万個の遺伝子しかないのに、免疫システムが一千万種類もの抗体を作り出せるのはなぜか?」なんて疑問は、どうでも良いような気がしてきます。でも以下は自分のために整理しておくのでありまして、気にしないで下さい。ともかくその解明は利根川 進博士の業績で、それがノーベル賞受賞の理由だそうです。
抗体はY字型をした蛋白質で、下部はどの抗体でも同じだが、上部の二本の枝はいずれもH (Heavy) 鎖、L (Light) 鎖というアミノ酸の組合せからなり、これが多様性に富んだ窪みを形成する。
特定の異物に対応した形の窪みを持った抗体があると、そこに異物が嵌り込んで免疫反応が起こる。ヒトの体は、どんな異物が侵入してくるか分らないので、抗体を作り出すリンパ球、つまりB細胞をあらかじめ一千万種類も用意している。
問題は、どうしてそんなに沢山の種類のB細胞を用意できるかということですが、抗体の窪みを決定する遺伝子は、H鎖に関してはV, D, Jという三種類の断片から構成され、L鎖に関してはV, Jという二種類の断片から構成されている。
B細胞の元である造血幹細胞には生殖細胞と同一の遺伝子セットがあり、最初に述べたような多様性は存在していない。しかし、遺伝子セットの中にV断片になり得るものが約300 個、D断片になり得るものが10個、J断片になり得るものが4個、並んでいる。そして個々のB細胞へと分化・成熟していく間に、ランダムにV, D, Jの断片が一個ずつ取り出されて、VDJという一つながりの遺伝子が形成される (遺伝子の組換え)。
これで約12,000種類のH鎖と、約1,200種類のL鎖ができる。抗体はH鎖、L鎖の組合せで出来ているから、全部で既に14,400,000種類の抗体を作るB細胞が得られる。
実際には、VDJに組み換える部分に自由度があり、また他の蛋白質をコードする遺伝子ではあり得ない頻度で突然変異がV断片のグループの特定部分で起きている...
というようなわけで、ヒトの体は一千万を遥かに越える種類の抗体を作り出せるようになっている。ヒト一人の細胞は全て同じ遺伝子のセットを持っている、という大原則が、免疫システムに関する限り当てはまらない。以上が私なりの要約です。
ところで我々の免疫システムは、数千年前の原始人の時代から変っていないでしょうから、体に侵入した異物を排撃する能力としては、原始生活の中でも何とか生き延びられるくらいに強力なわけです。
現代のように余り清潔にし過ぎると、その驚異的な能力を発揮する機会が極端に減る。力を持て余した免疫システムが反乱を起したくなっても不思議じゃありません。その結果、アトピー性皮膚炎なんてものが生じるのじゃないか...
と言うのも、この皮膚炎は何と言っても先進国に特有の疾患であり、多少豊かになった国でも結核が蔓延しているところでは少ない、などのデータまであるそうだからです。私としては余り神経質にキレイキレイを心掛けず、適当に免疫システムに実力を発揮する場を与えております。
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