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敬語過剰:育ちの良さをアピールしたいの?


2018年に起きた財務省事務次官のテレ朝・女性記者に対するセクハラ発言。これについて女性コメンテーターが、
 「世の中には、相手の女性がセクハラ発言を必死でかわそうとしているのに、構わず続ける方がいらっしゃるんですよね」

別の番組では、振込め詐欺の犯人について参加者の一人が:
 「あの方たちは...」

どうして
 「構わず続ける人がいるんですよね」
 「あの人たちは...」
と言えないのか、不思議でなりません。

まさかセクハラ発言を続ける人間や振込め詐欺の犯人達に、尊敬の念を抱いているわけでもなかろうに。そう思って見ていると、気になる表現が次から次へと聞こえてきます:

◦ニュースキャスターが自局の政治部長に解説させるのに、 
「後ほど解説のために政治部長に来て頂きます」
◦官房長官にとって大臣は言わば身内の人間なのに、
「何々大臣には、これこれの発言は良くないと申し上げました」
◦政治家や経営者が自分の決断を紹介するのに、
「何々と決めさせて頂きました」、
◦「世界の街角」みたいな番組で、
「ニューヨークの方達は...していらっしゃいます」
◦放送大学の講師が「芭蕉という方は...」
◦交通機関やデパートで「...へお申し出下さい」
(「申す」は謙譲語だから利用客に対して使うべきでなく、「係の者に仰って下さい」「係の者が承ります」などが正しい)
◦ある会合で司会者が参加者に資料を配り、 
「...については資料を拝見して頂いて」
(...については資料をご覧下さいという意味でしょうが、「拝見」も謙譲語だから参加者に使うのはおかしい)

などなど。

如何にも多種多様な敬語表現に見えますが、何度も耳にしている内に、これらを貫く共通の論理があるという仮説に辿り着きました:

 尊敬語や謙譲語としてではなく、
 丁寧表現として使っている。


不祥事を起こして更迭した相手に「仰る、拝察する」を用いた大臣、「続ける方がいらっしゃる」「あの方たち」と言ったコメンテーター、自局の政治部長に「来て頂きます」を使ったニュースキャスター、「...へお申し出下さい」というアナウンス、そしてあの巷に氾濫する「させて頂く」... いずれも、自分が丁寧なもの言いをしていることを強調したい余りの流用と考えれば、気持の悪さに変りは無いけど理解可能になります。

では何故そんなことまでして、丁寧な表現をしたがるのか。それはバブルの頃に原因がある、というのが仮説の続きです。1988年から91年までバブルの絶頂を挟んだ三年間、日本を空けていたので良く覚えていますが、バブルの前には冒頭に挙げたような言い方をする人はいなかった。しかし時期的にはその通りでも、バブルとこの話が一体どう繋がるのか。

タクシーの運転手と話していて、「あの頃は金が湯水の如く流れていて、結構いい思いをした」と述懐するのを聞いたくらいですから、ほんとに誰もがそれなりのお金持になったのでしょう。そういう中で、更にワンランク上の人間として、生れや育ちも良い人間として自分を演出したくなった時、どんな手立てがあるでしょうか? 

立ち居振舞いは一朝一夕には変えられないし、ブランド品もどうやら誰でもある程度のものは持ってるようだし... というわけで無意識的に、人より上品な言葉遣いに努めたのではないか。何と言っても名門旧家では、子供の頃からそれを躾けられるようですから。

そして、上品な言葉遣いの大きな要素であり、意識すればその日からでも何とかこなせるのが丁寧表現です。そこで何はともあれ、人より丁寧な表現を追い求めるようになった。

しかし... 日本人の会話はかなり昔から既に丁寧な言い方に溢れています。

 「です, ます」で文を締めても今や特に丁寧とは受け取ってもらえないから「ございます」を連発。
 「お金, お塩, お魚, お酒, お値段, ...」と何にでも「お」を付ける。
 子供には「お小遣い」を「あげる」。
 犬や猫にも餌を「あげる」。

という調子で、これ以上丁寧にしようが無いくらいです。つまり、本来の丁寧語はもう使い切ってしまったと言える状態にあったわけです。
 
それでも、どうしても人より一段と丁寧な表現をして見せたい。そう願った人達が、同格或いは目下の相手にも尊敬語を使うようになったのではないか。それでも飽き足りない誰かが、その場にいない知人の行為にまで尊敬語を使い、挙句の果てに「ニューヨークの方達は...していらっしゃいます」なんてことをやり出した。これはもう、尊敬語を丁寧表現に流用したとしか言えないでしょう。

驚異的アイデアと言いたいくらいですが、それがテレビで流れると、より丁寧な表現を求めていた多くの人が飛び付いた... 以上が私の仮説です。名付けて「流用説」、即ち尊敬語・謙譲語が丁寧表現に流用されている、というわけです。

しかしこうした流用に慣れきってしまうと、社外の人間に自分の上司の到着を告げるのに、「田中部長がいらっしゃいました」などと口走る例も現れる。丁寧な言葉遣いをした積りなのでしょうが、尊敬語と謙譲語の区別を弁えて「部長の田中が参りました」と言うことこそ、真の意味で上品な言葉遣いであり、育ちの良さも見えようというもの。まやかしの丁寧表現の氾濫は、やはりバブルの後遺症と言うべきではないでしょうか。

追伸 テレビドラマ『相棒』で杉下右京が誰かに聞き込みをする。相手の言葉の意味が分らない時、以前は「と申しますと?」なんて言っていたのが、最近「と仰いますと?」に直りました。勿論、私のブログが効果を発揮しただなんて、これっぽっちも思っておりません。制作関係者のお友達の知り合いの知り合いくらいが読んだかも知れませんけど。

(続き:「JR東日本をご利用下さいまして...」)

*Comment

根は同じ? 

全く同感です。デパート地下の名店街のようなところでも、カウンタ越しにお釣りを渡せば充分なのに、わざわざ通路に出て来て渡してくれるようになった。お客の扱いを妙に手厚くするのも、高級店舗のような応対を演出しようという考えで、根は私の記事と同じ... と言ったら、我田引水かな。
  • posted by 閃緑藻 
  • URL 
  • 2009.02/14 15:43分 

 

 私も、その番組だったかどうか、「あの方達は…」というような言い方をするのを聞いて、あきれたことを思い出しました。全く同感です。
 でも、その後の分析はさすが!ですね。
#私はもう面倒なので、そこまでとてもできませんが…(^^ゞ。バブルの頃と言われればそんな気もしないではありません。

 ところで、最近、店舗のサービスが過剰に丁寧になっているのを感じます。これも気持ち悪い。
 例えば、HC(ホームセンター)でのこと。探し物のあるところを聞くと、わざわざその場所までつれていってくれる。場所を教えてくれれば良いと言っているのに…。ある飲食店では、客の前で腰をかがめて(膝をついていたかどうか覚えていないが…)注文を聞いている。
 つまらないことで怒り出す客がいることは確かだと思うが、必要以上の丁寧さは、やっぱり気持ち悪いですね。
  • posted by のび太 
  • URL 
  • 2009.02/14 09:58分 

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