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「てにをは」:個別の例について議論しても...

「△△に触る」と言う人もいれば、「△△を触る」と言う人も、ということになって、水掛け論に終ってしまう。大きな傾向の中の一例として捉えなければ、事態の本質は見えないと思います。

そこで前回 (昔々「てにをは」というものがありました) 挙げた例に最近気付いたものを加えて、改めて並べてみます。いずれも、れっきとした新聞・テレビで見聞きしたものです:

 漢字を読めない政治家 (漢字が読めない)
 大統領と直接話をできる (直接話が出来る)
 子供へ向精神薬を処方するケースが増加傾向にある (子供に処方する)
 少年が同級生を暴行した (同級生に暴行)
 父親が長女を包丁で切りつける (長女に切りつける)
 激しい雨が地面を打ち付けています (地面に)
 ケニアに日本が援助:既存の発電所を増設する形で (既存の発電所に増設)
 宮崎駿さん、辺野古移設を反対する基金の共同代表へ (辺野古移設に反対) 
 欧州中央銀行は1月に決めた量的金融緩和を絡んで、条件付きでギリシャ国債を購入する意向 (量的金融緩和に絡んで)
 メルケル独首相は、ロシアが合意を守らない場合「我々は追加制裁の発動を除外しない」とロシアを警告した (ロシアに警告)
 岩崎を憎くて堪らない (岩崎が憎くて)

ご覧のように、明白な傾向がある。即ち、動詞の目的語らしきものは全て「を」で受ける、というものだ。最後の例など、「憎い」という形容詞まで同じ傾向に引きずられてしまっている。

2013年6月の記事「促進させる、加速させる、...:一体 誰にさせるの?」では、「漢字二語+する」という形の動詞について、どうやら自動詞・他動詞の区別に無頓着になってしまったらしいと書きました。促進する, 加速する, 再開する、などいずれも他動詞であったのに、そんなことにはお構いなく、促進させる, 加速させる, 山手線の運転が再開した、などと言うようになってしまったのです。

同じように、動詞に応じて上の例の括弧内のように使い分ける努力を、放棄し始めたんじゃないでしょうか。目的語らしきものは全て一律に「を」で受ければいいのだ、という単純化。しかし私には、単純化というより言葉に対する鈍感さと知的怠惰としか思えない。

言語は必然的に変化して行くものであって、社会の趨勢に任せるべきだ、という意見は勿論あります。しかし、言葉の意味が変化して行くのと、文法上の基本的要素の使い方が変化するのとはわけが違う。
 前回の追伸に書いたように、「君が好きだ」の「が」も実は室町以降に少しずつ現れてきたそうですが、「に○○する」と言うべきなのに「を○○する」と言うようになったのはここ数年の現象であって、余りに急激です。言葉の変化はなるべく緩慢なのが望ましいわけで、そのためにも一国の言語には、最低限の規範意識が必要です。
 それなのにNHKを含めたテレビや新聞は、むしろ変化を助長している。テレビで連日のように「少年が同級生を暴行した」と聞かされれば、「同級生に暴行した」が正しいと思っていた人も、影響されてしまうでしょう。NHKも今や、きちんとした日本語を維持して行く責任の一端を担っているとは思っていないらしい。

箸の持ち方をきちんと覚えさせるのが親の側でも面倒になって、目を覆いたくなるような持ち方をする子供が増えているのと、似ているような気がします。

みんなが「てにをは」の使い分けを面倒がっていたら、一体どうなってしまうでしょう。冒頭に掲げた例の最後「岩崎を憎い」も一般化していって、遂には「ボクは君を好きだ」なんて言うようになるかも知れない。しかし「君が好きだ」には、「自分の意志とは無関係に、自然に好きになってしまった」というニュアンスがあります。たとえ他の女に言い寄られてもボクの気持は変わらない、というわけでお互いに嬉しい... 

自動詞・他動詞の区別は無視する、「に○○する」「を○○する」の使い分けもしない、「君が好きだ」がほんとなのに「君を好きだ」と言って何も感じない... こんな調子で行くと、日本語の繊細な綾が少しずつ失われていってしまうのではないでしょうか。

答えると何か都合の悪いことでも?

国家戦略特区を活用した獣医学部の新設。

安倍首相が腹心の友と呼ぶ加計氏が、今治市に獣医学部新設を考えたのは、十年も前の2007年まで遡るそうです。なのに、同学園の特区申請を首相が知ったのは、特区諮問会議で同学園を事業者とすることが正式に決まった2017年1月20日? 

「総理のご意向」文書以来、首相と同学園の関係は誰が見ても怪しいのに、内閣改造後の菅官房長官は、「(記者会見は)全てのことについて答える場ではない」なんて言っちゃってるそうです。テレビドラマでは、刑事に任意の質問を受けて返事を渋ると、「答えると何か都合の悪いことでも?」と言われてしまうのに、首相・官房長官となると白を切っていれば済んでしまうのか。

かっては、ピーナツを好み過ぎた首相を、在任中に起訴することさえできた。

熊本の殿様と言われた首相は、佐川急便からの借入金について釈明に窮し、沈黙を守る代償に辞任した。

それに引き換え今日びの首相は、これだけ状況証拠が積み上がって、元事務次官なんていう人の証言があっても、刑事訴追でもできそうな物的証拠が出ない限り、職に留まれると思っているらしい。李下の冠がどうとかこうとか、うわべだけだ。
 
「総理のご意向」文書が明るみに出た時、官房長官などは既に知っていたか、すぐに調べさせたに違いない。つまり実在する文書と知っていて、「怪文書」の一語で葬り去ろうとしたわけだ。それが文科省の調査で本物と判明した段階で、もうアウトでしょう。

なのに、首相と最側近が本気でタックルを組めば、知らぬ存ぜぬ、記憶にござらぬで逃げ切れるのか。日本はそんなにいい加減な国になってしまったのか。まさかそうは思いたくない。

絶対に、もっと困るような事実が出てくるに違いない。あるいは、疑惑を払拭し切れぬまま支持率がじりじり下って、某国大統領のように国中から爪弾きされるようになり、惨めな形で退陣... 残念ながら、今のところは希望的観測と言うしかありません。

稲田氏に弁護を依頼したいと思う人いる?

今の職を無事円満退職なさった後のことですが...

稲田防衛大臣が都議選の応援演説で、自民党の候補者について「防衛省、自衛隊としてもお願いしたい」などと発言した。

朝日新聞デジタル (6/30) に、同氏の30日の閣議後会見での記者団とのやりとりが載っている。その一部を再現すると、

 稲田氏:冒頭、私から申し上げます。27日に板橋区で実施した東京都議選の応援演説は(中略)誤解を招きかねない発言があったため(中略)この場において改めて「防衛省、自衛隊、防衛大臣」の部分は撤回し、おわび申し上げます。
   ・・・・・・・・・・・・・・
 記者:「誤解を招きかねない」とは「解釈を誤る」ということだが、我々受け取った側が間違ったのであって、大臣は間違っていなかったということなのか、発言そのものが誤っていたから撤回したと言うことか。
 稲田氏:発言の中の「防衛省、自衛隊、防衛大臣」という点については、誤解を招きかねない発言ですので、訂正をする、撤回をするということであります。


これで、何か答えたことになるのでしょうか。

法廷だったら、裁判官もいる、検事もいる。こんな応対をしていたら、裁判に負けるんじゃないでしょうか。私が万一無実の罪に問われたら、お金を積まれてもこの人に弁護なんか頼まない。

誰も依頼しなくなったら、この弁護士は生活していけるのか知らん。それで、何と言われても辞任しないのかも...

それにしても、テレビのニュース番組やそこに出てくるコメンテーター達は、上の記者のようには反撥しなかった。稲田氏の発言が、「誤解を招きかねないものであった」ことを問題にしていた。しかし、「防衛省、自衛隊としてもお願いしたい」と発言した以上、そもそも「誤解」という語を使うのは当を失しており、「招きかねない」と追加するのは敢えてことを曖昧にしようとするものだ。どうしてマスコミは、彼女のレトリックに乗ってしまうのか。

最近の政府側の説明・答弁を聞くたびに、「言葉に意味があるならば...」と呟きたくなる。

ついでだから申しますが、麻生副総理が東京都議選の応援演説で、「マスコミはかなりの部分情報が間違っている。書かれている方だからよく分かる」と主張したそうな。何だか、某国大統領とレトリックが似てきたんじゃないでしょうか。おお怖。

「La Califfa」by Katherine Jenkins

突然ですが、とにかくお聴き下さい:

 「La Califfa
 (リンクした時には広告なんか入っていなかったんです。どうぞ悪しからず)

中村俊介主演の浅見光彦シリーズ第50作『貴賓室の怪人』の再放送を見ていて、前奏無しで流れた女性の歌声が耳に留まりました。ドラマは必ず録画した上で見る主義なので、僅か35秒間の旋律を何度も再生している内に、いよいよ好きになってしまった。

何故かと思うに、たまたまバルザック『三十女』の、美しい大人の女性の秘めた恋が語られる場面を読んだばかりでありまして、きっとこの35秒間の歌声がその雰囲気にぴったりに感じられたのでしょう。

いや待てよ。「貴賓室の怪人に気をつけろ」との怪文書に誘われるようにして、取材を名目に豪華客船・飛鳥IIに乗り込んだ浅見光彦。案内役と称してまるで恋人の如く寄り添うのが、つぶらな瞳をしたちょ〜可愛い藤澤恵麻。私だったら、取材の案内役だと自己紹介された瞬間、直ちに「こんな可愛らしいお嬢さんに案内してもらえるなんて! ど〜してこの船は全長241mしか無いんですか、ど〜して3kmくらい無いんですか?」などと、口走っていたに違いありません。彼女に連れられて、光彦が船内を見て回り始めた時に、この曲が流れるのです。
 しかも、この記事を書き始めてから気付いたのですが、ドラマ冒頭の飛鳥II出港の場面で既にこの曲が流れている。その時に何も感じなかったのは、一体何故なのか。我ながら、恵麻ちゃんの顔を見た後だから旋律の美しさに魅せられたのではないか、という疑いが晴れない...

それはともかく、どうしても何の曲か知りたいと、まずはテレビ局に電話することを考えた。しかし以前にも、ドラマで耳にした曲が忘れられず、教えて欲しいとテレビ局に電話したところ、「そういうご質問にはお答えしておりません」と、最近の加計文書に関する菅官房長官か松野文科大臣みたいな答え方をしよって、不愉快至極だった。「そこのところを何とか」と食い付いて、漸く桑田佳祐の「東京」という情報を引っ張り出した経験がある。

たったそれだけのことを視聴者に教えるのが厭なら、クレジット・タイトルに使った曲を全部表示すりゃい〜じゃんと、腹が立ったことを思い出し、まずは「Yahoo!知恵袋」に質問を投稿。すると、朝8時頃だったのに10分後にはどなたかが回答を寄せて下さって判明しました。

凄〜いと感心しながら、引用されたYouTubeの動画から始まって、他の歌手やピアノソロによるカバーなど色々聞いている内にびっくり。何とエンニオ・モリコーネが映画『La Califfa』のために作曲した内の一曲だったのです。日本では公開されていないこの映画については、こちらに興味深い解説があります:

 「居ながらシネマ
 オリジナル・サウンドトラック

サウンドトラックを聞くと、ジェンキンスの歌声に比べて少し地味な感じ。逆に言えば、彼女に歌わせるべくアレンジしたのは絶妙のアイデアだったということになります。

エンニオ・モリコーネはいつも曲想とサウンドが斬新で、しかも映画『プロフェッショナル』(ジャンポール・ベルモンド主演) のテーマ曲のような、美しい旋律を幾つも書いている。『プロフェッショナル』も日本では公開されなかったようですが、これについては、

 『プロフェッショナル』(1981)
 オリジナル・サウンドトラック

このテーマ曲は元々、やはりモリコーネが音楽を担当した『マッダレーナ』の中の「キ・マイ(CHI MAI)」でした:

 『マッダレーナ

実は「CHI MAI」のピアノソロによるカバー曲を朝の目覚しに使っているのですが、何度も聴いている内に、左手の部分が一本指で弾けそうな気がしてきて、iPadの鍵盤アプリを手に入れ、音を頼りに最初の5, 6音くらい突き止めた。しかし全曲に亘って突き止めるのはとても無理。そこで譜面起こしのサービスがあるのを知り、ネットで検索した三社に左手部分だけで良いと依頼したところが、一社は今他の作業で手一杯とか何とか、残り二社は返事も寄越さなかった。

『貴賓室の怪人』に流れる曲をすぐにジェンキンスの歌声と教えてもらえたので、再び「Yahoo!知恵袋」に問い合せてみましたが、今回は残念ながらまだ成果が上がっておりません...

最強の囲碁 Deep Learning

AI手法の Deep Learning (深層学習) で中韓のトップ棋士を打ち破った「アルファ碁」に、挑戦しようというわけではありません。iPadアプリの名前です。

老いらくの囲碁」(2016年2月) の時点では、同じくiPad用の「最強の囲碁HD CrazyStone」(Unbalance社, 720円) を買い、7子置いてたまに勝てる程度でした。

囲碁ソフトの良いところは、中盤に入った頃にヘマをして何度投了しても、厭がらずに同じ置き石の数で相手してくれることです。お陰で一年余りで遂に4子置くところまで来ました。何十回という投了の海の中に、中押し勝ちが三回浮かんでいる程度で、常識的にはまぐれで勝ったと言われるでしょうが、今更5子置く気にはどうしてもなれない。

さて最近、このソフトのトップページに「アプリ一覧」なる項目があるのに気付いて試しにタップすると、同じUnbalance社のアプリが並んでいる中に「最強の囲碁 Deep Learning」がある。最高レベル6段との触れ込みで、強い相手に揉まれた方が早く強くなれるに違いない、と早速買いました(2000円)。ソフトの棋力を14級から6段まで好きなレベルに設定して対戦できる。

当然6段に設定して始めたところ、一手打つ度に10秒くらい待たされる。それだけ考えないと6段の強さが発揮できないのだろうが、これでは一局打つのに日が暮れてしまう。5段に設定しても同様。4段に設定すると、一秒もしない内に返してくる (ということは、4段以下の設定では肝心のDeep Learningを使っていないのかも...)。勿論、こちらは何秒考えても文句は言われませんから、4段を相手にすることに。

ネット上の評判を見ると、どうやら一番上の棋力はほんとに6段あるらしい。ということは今4段を相手に打っていることになるが、本当なのか知らん。と言うのも、30代に渋谷の某碁会所に週一で通っていた頃、最後には2級レベルまで行ったのですが、ある時思い付いて千葉の碁会所に行ったところ、アンタは5級やと軽蔑の目で見られて、田舎の方が意外と厳しいんだ... と思ったことがあるのです。

さて Deep Learning 相手では、最初 敬意を表して9子置きましたが、6子まではあっという間に中押し勝ちして、5子まで来た。それで連戦連敗の末に遂に先日22目で勝ち、十日余り後に再び23目で勝って、漸く作文する気になりました。

それにしても、自分に都合の良い展開ばかりが目に入って、相手が打つかも知れない手が全然見えない。アテられているのに気付かず他のところを打ち、石を取られてからあっと叫んでも後の祭... てな調子で、結構いい勝負になっていたものを逃すこと一度ならず。しかし、昔「待ったをしていては絶対強くならない」と言い聞かされたので、今でも律義に守って、その局は負けにする。その反動で、「ちくしょ〜〜〜〜〜!」と大声で怒鳴らずにはいられず、マンションの両隣のお宅からは白い目で見られている。

実は子供の頃から両親に、「お前はおっちょこちょいで、早合点」と言われて、未だに直っていない。或いは、綺麗な女性と知り合うと、つい希望的観測を現実と思い込む... そうしたあらゆる欠点が碁を打つ際に如実に現れる。逆に囲碁でそれが直れば、実生活にも反映されるのではないか。

齢70と言えば、いつあの世からお迎えが来てもおかしくないのに、貴重な時間を費やしてiPad相手に連日打っているのは、「おっちょこちょい, 早合点, 希望的観測に弱い」の三つだけは洗い流して、キレイなカラダで死にたいと思うからです... しかし、正にそう欲することによって命を縮めていると言うから、恐ろしい (「バルザックの『あら皮』または『悲しみの皮』」:欲望を何でも叶えてくれるが、その度に縮んでいくなめし皮の切れ端。縮み終った時に持主の命も終る。お伽話のように見えるけれど、人の生が象徴化されていると考えることもできる...)。

ところで前回 (「老いらくの囲碁」) 次のように書きました:

新聞記事には「GoogleがAI技術による「アルファ碁」を開発し」とあるが、正確には2011年に設立されたイギリスのAI関連ベンチャー企業ディープマインドが開発元で、Googleは同社を2014年に5億ドルで買収しただけ(中略)ベンチャー企業の開発したものを企業買収で自社の所有物にして、最初から自社開発したかの如く宣伝するて〜のは、如何なもんでございましょうね。

ところが最近は「アルファ碁」が記事に出ると必ず、「Google傘下のディープマインド社が開発した」と書いてあります。Googleの広報担当が私のブログを読んで、悔い改めたのじゃないか知らん。いや、そうに違いない。

トランプはそのうち米国の諜報機関に刺される...

(何だか予言の通りになりつつあるようなので、2月末の記事を再度掲載させて頂きます)

ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNテレビ等を「偽ニュース」と決め付ける、就任式当日の観客動員数について明らかに間違っていることを平気で主張し続ける... 彼が就任するまで、米国大統領の発言として考えられなかったようなものが、連日テレビで報道されると、何だかごく普通のことのように感じられてくる、実に恐ろしい。

こうした異常事態に慣らされてしまわぬようにという思いを込めて、2月23日付『ル・モンド』紙に掲載された、アメリカのスパイ小説家ロバート・リテル氏の寄稿文を要約します。


ホワイトハウスに住み着いた自己中トランプは、就任して以来、毎日平均一つの大失策をしでかしているが、これは驚くには当らない。大統領職の研修生みたいなものだから。

しかし彼の最大の失策は、まだ選挙戦の最中、まさか本当に大統領になるとは彼も想像していなかった頃に遡る。米国の諜報機関が、「ヒラリー候補のメールのハッキングとウィキリークスによる暴露の背後にはロシアがいて、大統領選の行方をトランプ候補に有利にしようとした」、という結論に達した時、彼は僅かに残っていた冷静さを失った。

ツィッター上で彼は、CIAを始めとする米国の諜報機関を誹謗中傷し、誤った情報を流していると非難した。激怒の挙句に「我々は一体ナチス時代のドイツにいるのか」と、CIAをゲシュタポになぞらえることも厭わなかった。

彼は、米国のスパイ達が諜報活動を政治化しており、全く無能力で、嘘をついていると非難し、大統領選へのロシアの干渉に関する報告は、「馬鹿げている」のひと言で片付けた。トランプから怒濤の如き侮辱の言葉を投げつけられ、諜報機関による大統領へのブリーフィングには何の関心も無いと言われて、スパイ達も遂に反撃に転じた。

諜報機関幹部の一人はこう言った:「悲しいかな、客観的で不偏不党の分析をもたらすために毎日命を賭している米国人よりも、プーチンやウィキリークスの創設者ジュリアン・アサンジュの方を信用する政治家がいるとは」。

就任式の翌日トランプはCIA本部を訪問したが、事態を悪化させただけだった。活動中に殺されたエージェント達を表す117の星が刻み込まれたメモリアル・ウォールを前にして、彼が語ったのは自分のことだ。特に、第45代大統領の就任式に集った人数を過小評価したと「不誠実なメディア」を非難した。

こうした瞬間に、大統領の真価が問われるのだ。彼が笑いものにしている米国諜報機関はCIA, NSA等17の組織からなり、職員総数85万人。その85万人が、歴史上誰もが隠しておきたいと思っている秘密を、多かれ少なかれ知っているのだ。

J.F.ケネディ大統領の時代を思い出してみよう。彼自身も、司法長官としてFBIを監督していた弟のロバートも、専制的なFBI長官エドガー・フーバーを嫌っていて、何とか彼を解任したいと思っていた。

伝わるところによると、ある日フーバーがロバートの執務室に現れ、脇に抱えて来た分厚い書類の束を見せた。ロバートはその中味を一瞥すると、何も言わずにフーバーに返した。そしてケネディ兄弟はフーバーの解任を断念した。

FBI長官としてフーバーは、ジャクリーン・ケネディの旅行中に大統領が誰と寝ているか知っていた。例えばホワイトハウス内のプールで、大統領と一緒に全裸で水浴びをしていた若い二人の女性職員。あるいは東欧のある国から来たスパイかも知れない女性。彼女は空港まで護送されると、秘密裏に国外追放となった。JFKの数知れない愛人の中には、シカゴ・マフィアのボス、サルヴァトーレ・"サム"・ジアンカーナの情婦ジュディス・キャンベル・エグスナーもいた。つまりフーバーは、大統領のあらゆる秘密を握っていたのだ。

トランプが盲目的な怒りのままに米国の諜報機関全体に放った猛攻撃は、彼自身に跳ね返ってきている。彼がホワイトハウスにい続ける限り、その代償を払い続けるだろう。彼の行動に関する厄介な、場合によっては違法な事実が、ゆっくりと少しずつリークされて、彼を苦しめることになるだろう。スパイ達が彼に関する際どい情報を提供して、彼がホワイトハウスから放り出される可能性も排除できない。

トランプにとってもう一つの転機となったのは、主要メディアとの関係だ。彼はマスコミを「アメリカ国民の敵」とまで呼んで批判し続け、今や側近達と一緒に新聞雑誌を保護する憲法修正第一条を無視して、「ホワイトハウスはメディアと戦争状態にある」と公言するに至った。

しかしワシントンの政治記者達は諜報機関の職員と長年に亘って接触しており、新たなウォーターゲイトの匂いを嗅ぎ付けている。トランプの肥大したエゴに一撃を加えることができれば、記者としてのキャリアは数ヶ月、いや数年に亘って保証されたも同然だ。議会下院の消極的な共和党議員をして、党利より国益を優先させ、トランプを罷免させれば、なおさらキャリアは安泰である。

見誤ってはならない。トランプは非常な困難に陥っている。何年も前からロシアの富豪達に不動産を売っているのは公然の秘密だし、モスクワにトランプ・ブランドを定着させようとしているのも同様だ。今のところ成功していないようだが。対中国ではもう少しうまく行っているようだ。「一つの中国」政策に戻った今、中国政府は彼の企業にトランプ・ブランドの使用を許可した。

トランプは、大統領候補が過去40年の間必ず行ってきた納税申告書の公開を拒否しているが、そのことが却って、彼のビジネス帝国がロシアの銀行から資金を得ているとの疑いを生んでいる。

彼がロシア政府による人権侵害を批判するのに熱心でないこと、大統領選へのロシアの介入を認めようとしないこと、ポール・マナフォート, カーター・ペイジ, ロジャー・ストーン, 先日辞任を余儀なくされた国家安全保障担当補佐官マイケル・フリン等々、何人もの側近がモスクワと怪しい関係にあること、こういった全てが彼に対する非難を生んでいる。

そして遂に米国諜報機関が、トランプの否定にも拘わらず、選挙期間中に彼の選対本部メンバーがロシア諜報機関の幹部と何度も接触していた、と証言した。

トランプと議会および司法省にいる手下達は、現実否認の態度を取っている。リークされた情報の中味から注意をそらして、リーク行為そのものに焦点を当てようとしている。彼はリークしたのが誰かを明らかにし、制裁すると誓った。成功を祈る... 選挙戦中のロシア側との接触のリークを塞いだとしても、また別のどこかでリークが起こるに違いない。

彼にとって真の問題は、自分が全てを指揮する立場にあるのに起こった様々な事件ではない。問題は、色々な秘密を握っている諜報機関がリークするために、そうした事件が公けになることなのだ。

彼を苛立たせているのは、罪そのものではなくて罰の方だ。子供を持ったことのある人なら誰でも知っている。悪事の現場を押さえられた子供は、自らの行為を悲しむ代りに見付かったことを悲しむのだ。

トランプはいつの日か大人になれるだろうか。米国は、怒りの発作の140文字にいつまでも耐えられるだろうか。諜報機関職員85万人の多くが、彼を困った事態に陥らせる可能性を秘めた情報にアクセスできることを考えると、彼がホワイトハウスにいる間に大人になる時間的余裕はあるだろうか。彼が任期を全うしなければ、米国の民主主義は無傷で済むのだろうか。それとも、大人になりきれなかった子供が大統領選に立候補し、あまつさえ当選してしまったことで、決定的に歪められてしまうのだろうか。

仏大統領選:ルペン候補の嘘っぱち

5月7日の決選投票を前に、マクロン、ルペン両候補のテレビ討論が現地時間3日夜、二時間半に亘って行われた。仏『ル・モンド』紙は一面トップに「マリーヌ・ルペンの嘘つき戦略」との見出しを掲げ、劣勢の同候補が共和主義的討論のルール、取り分け事実を尊重するというルールを無視したと断じた。また、自らが大統領の任に相応しい政治家であることを示そうとするより、嘘で固めた嘲笑と個人攻撃でマクロン候補を可能な限り痛めつけることを狙ったと分析。政策論議をする代りに、むしろまともな討論の場になることを妨げようとする戦術は、アメリカ大統領選の時のトランプを思い出させるとも。

『ル・モンド』の記事を読んでいる内に余りに腹が立ってきたので、同紙が挙げた嘘の実例を下にご紹介したい。但しご覧の通り、フランスの内政を日頃からフォローしていない方には恐らくピンと来ないものも多く、一部は割愛した。個々の嘘の内容もだが、問題はこうした発言を意図的な討論戦略として行ったことだ。日本のテレビでも、両候補を全く同列扱いして双方の主張を紹介するという扱い方をしているので、是非ルペン候補の嘘つき振りをご覧頂きたい。

その前にひと言申しますと、国民戦線の党首が今のマリーヌ・ルペンになって以来、父親のジャンマリ・ルペン流の過激でネオナチみたいな主張を一切封じて、普通の政党として受け入れられるよう辛抱強い努力を続けてきた。それが功を奏して、今回の第一回投票では770万票を獲得、2002年の大統領選で父親が得た480万票に300万票近く上乗せした。決選投票でマクロン候補に勝てないまでも、少しでも彼の得票数を減らしたいのであれば、大統領らしい風格を演出し、堂々と論戦に臨めば良かった。なのにどうしてあんな戦術を取ったのか、私は不思議でならなかった。
 でもこのブログ記事を一旦投稿してから考えている内に、やっと分りました。ここから先は『日経』『朝日』『ル・モンド』のいずれにも書いてない私のオリジナルですが(笑)、彼女は結局テレビ討論で、マクロン候補とまともに議論するのを避けたかったのではないか。本格的な論戦に応じれば、ユーロ離脱を始めとする自分の主張が如何に根拠薄弱なものかバレてしまう、それを恐れて嘘と個人攻撃に終始したのではないか。


英国のEU離脱を決めた国民投票以来、同国経済はむしろ良くなっている
実際には国民投票の影響が今出始めているところだ。インフレが英国民の支出に影を落とし、経済活動にも重しとなっている。それに今は、英国による離脱通告が3月29日に漸くEUに対してなされたばかりで、英国民による選択の影響が本格的に現れるのはこれからだ。

フランスのEUへの拠出金は90億ユーロ(1ユーロ=120円として10兆800億円)
フランスは特にEUの共通農業政策からかなりの恩恵を受けているので、差し引きするとネットでの拠出額は60億ユーロに留まる。

1993〜2002年の間、フランスの大企業は企業間の支払をユーロで行うことが出来た
ルペン候補は「ユーロ圏に留まりつつ、国内ではかっての通貨フランに回帰できる」と主張しており、その根拠として発言したのだが、ユーロが共通通貨として各国通貨と並行して流通したのは、単一通貨ユーロへの移行期間1999〜2002年の間だけである。

ユーロ導入のせいで物価が上昇した
INSEE (フランス国立統計経済研究所) のデータによれば、1990年以降消費者物価指数はほとんど一直線の増加を示し、ユーロ導入は特に大きな変化をもたらしていない。

フランス国民の貯蓄が、2014年に導入された欧州銀行同盟によって危険に晒されている
欧州銀行同盟は銀行倒産を防ぐためのメカニズム。特定の銀行に倒産のリスクがある場合、損失をかぶるのはまず株主、次いで債権者、最後に危機的状況の発生するリスクがある場合、10万ユーロ(1ユーロ=120円として1,200万円)以上を口座に置いている大口預金者からの徴収が想定されている。日本で一時話題になったペイオフ同様、10万ユーロ未満つまり大多数のフランス国民の預金は保護される。欧州銀行同盟がそもそも銀行倒産を未然に防ぐメカニズムであることを考えれば、むしろ預金者を保護していると言うべきだ。

現社会党政権が導入した企業支援策「競争力・雇用のための税額控除」は、大企業を潤しただけ
ごく単純化して言えば、低賃金労働者に関わる企業の社会保障負担分について税制上の優遇措置を講じることにより、企業の労働コストを下げようとする政策だが、投入された財政資金の48%は零細または中小企業、30%が大企業、22%が中堅企業向けであった。
 そもそも、零細または中小企業における給与総額の78%がこの支援策の対象であったのに対し、従業員2000人以上の大企業では56%に留まる。

現社会党政権は中小企業のために何もしなかった
2013年以来、総数300万に登る企業全てについて様々な形の社会保障負担が、少しずつ引き下げられてきた (300万社のうちほんとの大企業は205社)。その他、特に低賃金労働者に関わる企業の社会保障負担分については、上の「競争力・雇用のための税額控除」等の税制上の措置も講じられている。

自分 (ルペン候補) は「大統領に就任後二ヶ月の間に、法定退職年齢 (年金支給開始年齢) を60歳に引き下げる」なんて考えたこともない
ルペン候補の属する政党「国民戦線」のウェブサイトで4月11日に公開された動画で、就任して二ヶ月の間に実施する10の施策の中にこの年齢引き下げを掲げていた。

主に不法滞在の外国人を対象とする「国家医療支援」は、フランス国民が享受している公的医療保険より待遇が良い
「国家医療支援」はその対象となる医療行為の範囲が明らかに公的医療保険より狭く、「生活改善」の類も含まない。またフランス国民6700万人に対して、「国家医療支援」を受けているのは毎年25〜28万人程度である。

フランスには外国人派遣労働者が50万人もいる
外国人派遣労働者は定義により一時滞在に限られ、フルタイムの労働者に換算すれば42,000人に相当する。50万人分の雇用を奪っているわけではない。

仏メディア大手ビベンディ社が携帯子会社SFRを仏CATV大手に売却した時、マクロン候補は経済大臣だった
規制対象の通信業界における企業売却を、特定の実業家に有利に采配したという趣旨だが、売却が決まった2014年4月にマクロン氏はまだ大統領府の顧問の一人で、経済大臣は前任者のアルノー・モントブール氏だった。

マクロン候補は外国での代理出産を認めている
代理出産は現在フランスでは禁止されており、マクロン候補はこれを変更しようとしていない。ただ、外国でそうして産まれた子供が養子縁組の形でフランスの両親に引き取られた場合、欧州司法裁判所が「子供にフランスの市民権を与えねばならない」という判例を出しており、フランスはこれに従う義務がある。マクロン候補はそのことを確認しただけであるが、妊娠中絶等に反対する勢力はこれをもってフランスが「外国での代理出産を認めている」と主張し、ルペン候補もこの論理に乗っかっているのだ。

桐壷,帚木,空蝉,...の順に読むと、話の流れが不自然かも...

林真理子 初めのほうの、空蝉に対する光源氏の態度はちょっと傲慢。現代の女性に好意をもたれない感じがします。それも相手は人妻。紫式部はなぜ、読者に嫌悪感をもたせるような女性関係をオープニングに設定したのでしょうね。
山本淳子 なぜでしょうね。私にもわかりません。

 (誰も教えてくれなかった
  『源氏物語』本当の面白さ
  林真理子×山本淳子、小学館新書
  p.32、最後から二行目)

林真理子の疑問はもっともで、人気作家だけあっていいところを突いている。それに比べて山本淳子の反応は、『源氏』研究者なのに頼りない限り。

と言うのも、世に「武田説」と呼ばれるものがあって、要約すれば以下の通り。

1)『源氏』前半33帖は二系統に分離できる:
 紫上系:桐壷,若紫,...,須磨,明石,...,藤裏葉
 玉鬘系:帚木,空蝉,夕顔,...,玉鬘,...,真木柱
2) 玉鬘系は紫上系が完成した後に書かれて、現在の場所に挿入された。

つまり、林真理子の疑問自体が解消されるわけです。山本淳子は、次のように解説して上げても良かったのではないか :「学界の多数派ではないけれど、武田説によれば、紫式部が書き始めた時には、読者に嫌悪感をもたせるような女性関係をオープニングに設定する積りは無かったのヨ」。

確かに、武田説を支持する研究者は学界で少数派です。しかし山本淳子は人も知る平安文学研究者で、『源氏物語の時代』で第29回サントリー学芸賞を受けた程の専門家。1950年に発表されてその後十年以上に亘って学界を賑わせた仮説を、聞いたことも無いなんてあり得ない。なのにそれを紹介することもなく、ただ「わかりません」という答え方は、武田説を無視する学界の大勢を憚って口をつぐんだとしか思えません。

これは別に、山本淳子氏を狙い打ちしているわけではありません。今度少し調べたのがきっかけで、別の著書『平安人の心で「源氏物語」を読む』を購入し、平安時代や『源氏』について何でも知ってるんだと、改めて感心したくらいです。「武田説を無視する学界の大勢を憚って口をつぐんだ」というのは、大野晋・丸谷才一など少数の人々を除いて、武田説を飽くまで否定する大多数の専門家諸氏に向けた言葉です。

武田説の根拠は「『源氏物語』54帖執筆順の謎:大野晋の解説書紹介」にご紹介しましたが、主要な点を引用すれば:

1) 紫上系の人物は玉鬘系にも登場するが、玉鬘系に初登場する人物はその後に来る紫上系の帖には登場しない。
2) とりわけ、前半33帖の大団円とも言うべき梅枝,藤裏葉には、光源氏が関係した多くの女性が勢揃いしているのに、玉鬘が全く姿を見せない。
3) 紫上系で起きた事件は玉鬘系に影を落しているが、玉鬘系で生じた種が紫上系に戻って活動することは無い。

これだけでも、紫上系が本体であり玉鬘系は外伝のようなもの、と考える根拠として説得力があります。しかも桐壷,帚木,空蝉,...と読み進む限り、「紫式部はなぜ、読者に嫌悪感をもたせるような女性関係をオープニングに設定したの?」という疑問を避けられない。林真理子のひと言は図らずも、現行の順で読むことの不自然さを炙り出したと言えるのじゃないでしょうか。


その上、原文にせよ現代語訳にせよ初めて『源氏』を読む人にとっては、まず紫上系を通読してから玉鬘系を読んだ方が、物語の展開が遥かに見通し良くなるのです。

実際、帚木,空蝉,夕顔の三帖は、それぞれを短編として読めば面白いけれど、『源氏』全体を物語として読み通そうと思う者にとっては、話の進行がしょっぱなから停滞して中々前に進まず、先の展望も開けない大きな原因です(岩波『新 日本古典文学体系』本で合計約100ページ)。玉鬘,...,真木柱の十帖に至っては、梅枝,藤裏葉の前に、約200ページに亘って立ちはだかっています。この十帖で初めて登場した人物や起きた事件が、梅枝,藤裏葉には一切現れないのにです。

こうした事情にも拘わらず通常の順で読ませようとするのは、通読を思い立った読者の覚悟を試しているかのようです。帚木,空蝉,夕顔の三帖を突破した者だけが若紫以降に進む資格を持つ。同じように、玉鬘に始る十帖を読破した者だけが、前半33帖の大団円を知り、若菜以下に足を踏み入れる権利を与えられる... まるで通過儀礼のような雰囲気です。

殆どの研究者は苦労して通常の順で読み通したものだから、初めて読む人が武田説に従って楽するのが安易な態度に見えてしまう、いやむしろ無意識的に面白くない。だから、みんなで寄ってたかって通常の順で読ませようとする... のではないかと勘ぐりたくなってしまいます。 

もうそろそろ武田説を無視するのは止めて、「慣例に従って各帖を並べてありますが、紫上系を先に通読するという読み方もあります云々」と、序や凡例にひと言入れてみては如何でしょうか。原文・現代語訳を問わず、『源氏』を最後まで読み通す人がぐっと増えること間違い無しです。

追伸 林真理子の言う「はじめのほう」とは勿論、『源氏』全体のはじめの方という意味です。念のため、対談の第一章「『源氏物語』スター千一夜」の、冒頭から件の箇所までを引用します。

恋の暴れん坊将軍・光源氏の正体
 壮麗な長編小説『源氏物語』の魅力を支えているのは、光り輝くばかりの登場人物たち。中でも一番の人気は高貴な生まれのイケメン、光源氏を置いてほかにいないでしょう。美貌と知性で女性遍歴を繰り返す、魅力的な彼の存在を抜きにしてこの物語を語ることはできません。光源氏は一般的に知られるようなただの色好みであったのか、それとも.....。おふたりの対談はまず、この主人公像から始ります。

林真理子 実は私は、光源氏という人はしょっちゅう女の人をひっかけて遊んでいただけで、あまり魅力的な主人公だとは思っていませんでした。
山本淳子 確かに現代の感覚では、そういう感じ方にもなりますよね。光源氏には「恋の暴れん坊将軍」みたいな傾向があって、その点がヨーロッパやアメリカの研究者の方には受け入れがたいとうかがったことがあります。
 はじめのほうの...。

テレビニュースと総合病院の女医

(男女の違い七不思議:その二)

1月16日の『朝日新聞DIGITAL』にこんな記事が出ました:
女医の方が「腕がいい」? 性別比較の論文、米国で話題

男性医師より女性医師の方が「腕がいい」ことを示唆する論文が米医師会雑誌(JAMA)に載り、米国で話題を呼んでいる。
 ハーバード公衆衛生大学院の津川友介研究員らは、内科系の病気で入院した米国の65歳以上の高齢患者約130万人について、担当医の性別で比べた。入院後30日以内の死亡率は男性医師が11.5%、女性医師は11.1%と、有意な差が出た。退院後30日以内の再入院率も、女性医師の担当患者の方が低かった。
 女性医師の方が軽症患者を多く診ている可能性があることから、重症度を問わず入院患者を診る医師で比べたところ、やはり女性医師の担当患者の方が死亡率、再入院率ともに低かった。
 津川さんは「女性医師の方が治療指針を守り、患者の話をよく聞き、専門家に相談する傾向が高いことは過去の研究でわかっている。これらの違いも要因なのでは」とみる。米国では女性医師の給料が男性より8%低く、昇進も遅いという。医師の力量が待遇に必ずしも反映されていないと言える。(錦光山雅子)

何と、私が7年も前に直観していた通りです。慎しんでそのブログを引っ張り出しましたので、「だいたい今の世の中...」以下をご覧下さい。


最近のニュース番組は男女二人のキャスターが組んで進める形式がほとんどですが、途中で何かトピック的な話題を持ち出す時によく、こんな問答が聞こえてきます:「鈴木さん、桜は葉が出る前に開花しますよね。葉が無ければ葉緑素も無いから、光合成ができないはずですが、花の材料はどうやって作り出すと思います?」「さあ、どうしているんでしょう?」てな具合です (答は追伸その一)。NHKみたいなところは全て事前に筋書きがあって、一寸違わず進行させるわけですから、どういう話題が持ち出されて質問の答は何か、二人とも知っているわけです。なのに一方は知らないことにする... 白けますがそれはまあ良いとして、不思議なのは、知らない振りをさせられるのが殆どいつも女性キャスター、知ったかぶりして教えるのは男性キャスターだということです。

NHK総合 夜9時のニュースなんか更にその傾向が強くて、見る度に呆れます。徹頭徹尾、ワタシ ニュースを読み上げるだけの人、ボク 事件とその背景を熟知してる人、です。たまには男性キャスターが女性に教えてもらう役を演じても、罰は当らないと思うのですが、男女のどちらかがその役を演じなきゃならないとなると、結局 女性にお鉢が回ってくるらしい...

だいたい今の世の中、ポストが一つ空いて、能力の拮抗する候補者が男女一人ずついた場合、男性の方が採用される傾向にあるそうじゃないですか。逆に言えば、女性が選択された場合は、その人の方が誰の目にも明らかなほど優秀だったということです。だから私は、総合病院で患者が医師を選べるシステムのところでは、必ず女医を選択します。もしかして綺麗な先生だったら嬉しいな~... などという邪念は全く無く、その方がより優秀な医師に当る確率が高いからです。同様に、男女二人のキャスターが並んでニュース番組をやっていれば、女性の方が優秀な可能性が高いわけです。なのに、女性キャスターばかりが教えてもらう振りをさせられるのは何故でしょう? 

追伸その一 女医や女性キャスターには興味が無く、桜の開花に興味のある方に。
 植物に関する質問に必ず答えてくれるサイトがあります。日本植物生理学会の「みんなのひろば」の植物Q&Aです。
 ここに、「桜は葉が出る前に開花する。葉緑素がまだ無いから光合成もできないのに、どうして花を作れるのか」と質問してみたところ、次のような答を掲載してくれました (登録番号: 1961、2009-04-26):

サクラのような多年生の木本植物では、秋までに光合成によって作られた養分を幹や枝の樹皮の内側の柔細胞に、糖、デンプンなどの形で蓄え、春になって花や新しい葉を作るために備えています。

追伸その二 この記事を再度掲載すれば、日本中の女性からどど〜っと拍手が来ると確信していたのですが、二つ増えたきり。ぐっと落ち込んで考えた末に、期待外れの原因として以下の三つが頭に浮かびました:

 1)拍手などすると、知らない内にFC2や管理人に自分のidやメールアドレスを把握されそうな気がして、怖いのでしない。
 2)表面的には女性に真摯に好意的な記事に見えるが、どうも色好みオヤジの気配が漂っていてヤラしいのでしない。
 3)女性の目から見たら、このブログに書いてあることなど余りに分り切ったことなので、今更男が言ったところで面白くも何ともない。

本当はどれなのでしょう。

米国のゴールドマン・サックス政府、健在なり

2016年12月18日付『ルモンド』紙のコラム記事 (Sylvie Kauffmann) をご紹介します。トランプも選挙キャンペーン中は金融界に対して極端に敵対的な態度を見せたのに、新政権の閣僚を選ぶ段になると結局、ゴールドマン・サックス(以下GSと略記)出身者に頼っている、という趣旨です。


大統領選の間、ドナルド・トランプは金融界が大きな権力を握っていると、口を極めて非難した。その表現の激しさに比べれば、フランスの現オランド大統領が2012年の選挙期間中に叫んだ台詞「私の敵は金融界だ!」など、お目出度い原則論に過ぎない。

トランプ候補が、投票日11月8日の少し前に国中に流したビデオクリップを見てみよう。その中で不動産王トランプは「世界経済の決定権を握る者達」を罵り、「彼等は米国の労働者階級を身ぐるみ剥いだ上に、米国から奪った富を私物化し、一握りの企業や国々に投資した」とこき下ろしている。フランスの極右政党「国民戦線」党首マリーヌ・ル・ペンも極左のジャン・リュック・メランションも同意しそうな言葉だが、それを彼が述べている間、画面に次々と現れたのは、投資家で慈善家のジョージ・ソロス、FRB(連邦準備制度理事会)議長のジャネット・イエレン、クリントン夫妻、そしてGSの現会長ロイド・ブランクファインである。

人が目のかたきにする銀行、ポピュリスト候補達のお気に入りの敵、良きにつけ悪しきにつけウォールストリートのパワーを象徴する存在、世界広しと言えどもこれ程ノウハウと才能と傲慢さを濃縮した企業は他に無いと言われる、それがGSだ。2010年に『銀行』を出版したマルク・ロッシュは、GSを「太陽の沈まぬ帝国」と評した。また2009年7月にジャーナリストのマット・タイビは雑誌『ローリングストーン』に投稿して、「金融危機の歴史はまるで、GSに籍を置いた者達の紳士録だ」と総括している。資本主義に大打撃を与えた金融危機、何百万の消費者が騙されて破産した金融危機から、アメリカ国民が漸く立ち直ろうとしていた頃だ。

その後、様々な変化が起きた。米国の金融危機に代わって、EUの公的債務危機が経済ニュースのトップを飾った。共和党ではティーパーティの怒れる者達が背後に退き、オバマ大統領が再選され、経済成長と雇用が次第に回復した。GSはサブプライムローンに代表される金融商品を販売した件で司法省と和解し、50億ドルを支払わされたが、間もなく嵐は通り過ぎたと言わんばかりに、法外なボーナスを復活させた。競合相手であったリーマン・ブラザースが破綻し、GSは金融クラッシュを経てむしろかって無いほど強力な存在となった。ヒラリー・クリントンはGSで何度か講演し、法外なボーナスに見劣りのしない講演料を手にした。

しかし、良心のかけらも無い銀行のせいで債務超過に陥った選挙民達は、金融危機のさなかに、担保に入れた自宅を手放さざるを得なかったことを忘れなかった。だから2015年にトランプが立候補して、「腐敗したヒラリー」や、彼女がGSから受け取った桁外れの報酬を声高に攻撃した時、それに喜んで耳を傾ける者も多かった。「ヒラリーを監獄に!」という叫びが、トランプの選挙集会で支持者の合い言葉になった。

ウォールストリートもヒラリー・クリントンも、そしてトランプ自身も驚いたことに、彼が大統領戦に勝利した。さて、将来の政権幹部に誰を選んだか? 言うまでもなくGSの幹部達だ! 恥も外聞も無くとはこのことだ。選挙選自体がスナップチャットの画面に現れては消える束の間のメッセージに過ぎなかったかの如く、この数週間にGS出身者を4人採用している:
 政権移行チーム幹部の一人にアンソニー・スカラムッチ、
 財務長官にスティーブン・ムニューチン、
 主席戦略官・上級顧問にスティーブ・バノン、
そして最後を飾るのがGS現社長 (同社No.2) のゲイリー・コーン。ホワイトハウスの国家経済会議委員長に予定されている。

国家経済会議は、クリントン大統領が1993年に創設した割合新しい組織だ。
 クリントン大統領がその委員長に誰を任命したかと言えば... GSの共同会長ロバート・ルービンで、彼はその後財務長官となった。
 ジョージW.ブッシュ大統領は、同会議委員長にロバート・ルービンのGS時代の同僚ステファン・フリードマン、財務長官にGS会長のヘンリー・ポールソンを任命した。
 オバマ大統領も、同銀行と政権トップレベルの間の伝統的とも言える密接な繋がりに、背くことはしなかった。
 だからウォールストリートは時に、ホワイトハウスの閣僚・補佐官の集団を「サックス政府」と綽名する。確かにこれは、フランクリンD.ルーズベルトまで遡る伝統なのだ。結局のところGSは米国にとって、ENA(フランス国立行政学院:エリート官僚養成機関) のようなものであり、トランプだって彼の標語「偉大なアメリカを取り戻す」ためなら、GSの優秀な出身者達に声を掛けるのを断念するわけもないのだ。

GSの株価が11月8日以来32%も上昇したのも頷けるが、お陰でロイド・ブランクファインの財産は1億4000万ドル、ゲイリー・コーンの財産は5200万ドル増えた。ウェブサイト Quartz によれば、トランプ政権のメンバーとして現在までに選ばれた17人の資産を合計すると95億ドル以上、これは米国世帯の最も貧しい3分の1(4300万世帯) の資産合計を上回る (負債をマイナスで算入) 。米国の政権内にこれほど富の集中が起こったことは今まで無いそうだ。


管理人としてはひと言言わずにいられません。トランプが選挙選中に流したビデオクリップやスローガンとの違いは、選挙公約なんてどうせ守られないのが相場、というレベルの問題じゃありません。まともな論理的思考ができないか、そうでなければ、大統領の権力を手に入れるためなら、どんな嘘も平気、金持のための政治をしていれば4年くらいは何とかなるという腹ですかね。

追伸その一 ゴールドマン・サックスについては、拙文「ゴールドマン・サックスに一矢報いた気分になれる本」もご覧下さい。
 
追伸その二 日本では余り注目されていませんが、トランプ政権の閣僚には温暖化人為説懐疑派が二人いて、それぞれ環境保護局長官とエネルギー長官になるそうです。温暖化人為説懐疑派なんて絶滅危惧種かと思っていたのに、しぶとく生き残っているんですね〜。これについても拙文をご覧下さい:
 Category | 温暖化懐疑論について

またまたオスプレイの事故です

オスプレイには事故が絶えないのに、沖縄で12月半ばに起きた事故についても米軍の説明は、「機体のシステムによる問題ではない」です。そこで敢えて2012年8月の記事をもう一度ご覧頂くことにしました。

先日来、オスプレイの事故調査報告なるものが日本政府に届けられています。一回目の報告は今年4月に起きたモロッコの事故、二回目の報告は6月に起きた米フロリダ州のが対象ですが、そんな風に一件一件切り離して分析していて、機体の安全性には問題が無いと判断できるものでしょうか。

朝日新聞デジタル版7月20日付によれば、量産決定後の2006〜11年の5年間に既に58件もの事故が起きていたそうで、同型機の事故は合計60件になります。その全体を総合的に分析せず、直近の事故二件だけを、それも別々に分析しようという手法が良く理解できません。

自動車事故だって、一件一件はドライバーがブレーキとアクセルを踏み間違えたためと結論できる場合でも、同じ車種で類似の事故が多発すれば、もはや個々のドライバーのミスとは見なされない。間違え易いような設計になっているとして、リコール・設計変更等の手続を踏むことになります。

ご参考までにネット検索で出て来た情報をコピーすれば、
 モロッコの事故では、副操縦士が離陸直後に強い追い風で前方に傾いた機体を修正する措置を取らなかった上、十分な速度を得ないままプロペラの角度を制限以上に前に傾けたことなど、マニュアルに従わない操縦が複合的に重なった。
 フロリダ州では、事故当時は2機のオスプレイが編隊を組み、回転翼を斜め前方約80度に傾けた「転換モード」で旋回飛行をしていた。このとき、後続機の回転翼が、前方機が生む気流の乱れに巻き込まれて制御不能となり、墜落した。気流の乱れに巻き込まれた理由について、「操縦士が前方機が生む乱気流との位置関係を誤認し、不注意に気流の乱れに近づいたため」としている。

しかしこのように一件毎に、しかも事故時に吹いた「強い追い風」だの、「前方機が生む気流の乱れとの位置関係」などという要素まで考慮すれば、どんな事故でも、原因は機体の構造ではなくて操縦ミスと結論できてしまうのではないか。と言うより、最近の二件に限って、一件一件を切り離した報告書を日本政府に届けるというやり方に、安全性の疑いが機体に及ばないようにという意図が透けて見えるような気がする。日本政府は何故、6年未満で60件も起きた事故の全体を総合的に分析した報告書を要求しないのでしょう。

さらば Androidスマホ、さらば Google...

名前を全部書くのも忌々しいト...が米国大統領になってしまい、これから地球はどうなるのかと、世界中が気を揉んでいる時にナンですが、奴をどうすることもできない以上、私ごとを語るしかありません。

自宅の情報機器と言えばiMacにMacBookAirにiPadAir2しかないにも拘わらず、モバイルSuicaが欲しいばかりにAndroidスマホを使ってきましたが (「私義、この度 Androidスマホを」)、遂にiPhone7でモバイルSuicaが使えるようになった。大事件です。

今のスマホを買って二年半は経つし(正確には二年4ヶ月だけど)、iPhone7でモバイルSuicaが可能になったと聞いてから二ヶ月も待ったし、発売された後も10月25日にモバイルSuicaがほんとに動くのを見るまでじっと我慢したし、そろそろiPhone7に機種変更しても許されるのではないかと、綿密に下調べをしました。

私にとってスマホとは、電話, 住所録, スケジュール管理, メール, モバイルSuica、そして外出時にiPadをネット接続するためのデザリング、これだけです。従って機種変更する際に気になるのは、モバイルSuicaと絡んでiPhone7に取り込めるクレジット・カード、スケジュール管理アプリのジョルテ、そして画面の字の大きさ。
 クレジット・カードの件では大分時間を使ったが、既に様々語られているので割愛。ジョルテにiOSバージョンがあるのもすぐに確認できた。一方、初代iPhoneは字が小さ過ぎて使う気になれなかったので、この点が非常に気になります。

ヨドバシで色々試すと、字の大きさが変更できるようになっているが、メール本文の字がまだ小さい。店員に尋ねても、「メールの字は変えられません」と平気で言いよる。ちなみに、メールはパソコンとiPadでしかやらない主義で、スマホには自宅のパソコンと家内のスマホからしか受信しないよう設定してある。それでも、何か思い付いた時にメモってパソコンに送るのにメール機能は重宝で、この字が小さくては不便至極。ブログの執筆にも差し支える。
 というわけで、ヨドバシで埒が明かないならと銀座のApple直営店に行ってみたところ、さすがに良く知っている。メールの字も大きくなることが分った上に、字を大きくするには「画面表示の全てを拡大する」機能のあるのも分りました:
 「設定」>「画面表示と明るさ」>「表示」
で、画面表示に「標準」と「拡大」の選択肢がある。但し後者ではアプリのアイコンも大きくなり、お年寄り向けラクラクホンの印象無きにしもあらず。

こうして、端末価格の問題以外全てクリア。価格の高さには抵抗があったが、本命の選択肢が現れたのにAndroidスマホを使い続けていて、あの世からお迎えが来てしまったらどうする? という究極の論理で押さえ込んだ。更にヨドバシで溜まったポイントを全て投入して、現金支出は大分抑えられた。色はシルバー。美学的選択の積りだが、無意識の内にシルバー世代が作用したのかも。

今まで使ってきたAndroidスマホは左右側面に角があり、手から滑り落ちる危険を全く感じなかったが、iPhone7は表面がすべすべしていて側面も丸く、どうも心配だ。結局、エレコム製のポリカーボネートとTPU(熱可塑性ポリウレタン)ハイブリッド型ケースを買った。左右側面の部分がTPUらしくかすかに抵抗があり、うっかり落とす不安がかなり減った。しかも、シルバーの本体にスモークガラス風のケースを装着すると、ちょ〜洒落た色合いになった。見てみたい?

さて、ケースを買いに行った時にヨドバシの店員が意外な機能を教えてくれた。AssistiveTouchという名で、
 「設定」>「一般」>「アクセシビリティ」
の中にある。これをオンにすると、どんなアプリでどんな操作をしていても、常に画面に9ミリ角のグレーの正方形に丸のアイコンみたいなものが表示されて、それをタップすると4.5センチ角のウィンドウが出現し、中に
 「消音」
 「コントロールセンター」
 「ホーム」
などの項目が入っている。ホームをタップすれば、ホームボタンを押さなくてもホーム画面に戻れる。ウィンドウに現れる項目は自分で選べて、「画面をロック」も入れられる。物理的なホームボタンを押すのが余り好きじゃないので、凄く嬉しい。電源のON/OFFとロック状態からの復帰以外は、ホームボタンを押さずに済む。


Googleアカウントを削除したい
iPhone7に機種変更したもう一つの理由です。パソコンと iPadでの検索以外は、もうGoogleと縁を切りたくなった。と言うのも、暫く前は検索履歴を削除したいと思えばクリック一回か二回でできたのに、最近はYouTubeの閲覧と合せてアクティビティなんて名前になり、どの部分が検索履歴なのか容易に判別できない。ネット検索で調べてやっと削除の仕方が分る始末だ。   
 「ユーザが望めば検索履歴は削除できます」と言えるように機能は残してあるが、なるべく削除しないように、複雑な仕組みにしてあるとしか思えない。履歴が残っていた方が、ユーザごとの好みに照準を合わせた広告を出し易いからだ。
 こうなったらGoogleアカウントを削除してやる!と勢い込んだところが、「アカウントを削除すると、Playストアで入手したアプリは全て使えなくなります」ときた。PlayストアとはiOSにとってのAppStoreの如きものでありますから、Androidスマホを使っている限りGoogleアカウントは削除できないのです。

そんな理由でiPhone7に機種変更? と言われそうですが、仏ルモンド紙9月17日付に『目に見えないプロパガンダ』という記事が出て、大意 以下の通り (「フィルター・バブル」で検索すれば、ウィキベディア等に同様の記事あり)。

サイバースペースの専門家Eli PariserがGoogleでの検索について、一例を挙げている:政治的立場の異る二人がGoogleで「BP」と検索する。すると保守系の人の検索結果の上位には、British Petroleum社に投資できるかどうかに関する情報が並び、左翼系の人の場合は、同社が引き起した最近の原油流出事故に関する情報が並ぶ。
 
こんな事になるのは、Googleの検索エンジンがユーザの検索行動を監視し、一人一人のプロファイルに合わせて結果を提示するからだ。Googleのアルゴリズムがプロファイリングに用いる要素は:
 年齢
 性別
 最近の検索行動
 位置情報
 使用するブラウザ
 パソコン等の画面の解像度
 訪問したサービスサイト
 クリック頻度
 ショートカット
等々、何十項目にも及ぶ。

検索結果に加えられるこのフィルター作用は政治・読書・旅行・文化等あらゆる分野に及び、結局ネットユーザの一人一人を認知的な一種の気泡 (フィルター・バブル) に閉じ込めてしまう (以下、SNSに関する分析が続くが省略)。

考えてみると、Googleは検索以外にも様々なサービスを提供している。その便利さでユーザを囲い込み、アカウントの削除なんてできない環境を作り出しているとも言える。

そ〜ゆ〜アンタはAppleにばっちり囲い込まれてるじゃん! 勿論そうですが、同社とは1995年に買った白黒のPowerBook150からiPadAir2まで20年余りの付き合いで、私の知的生活 (ハハハ) にはほんとに役に立ってくれたし、Google程には腹黒くないのではないか。その証拠に同社のブラウザSafariでは、プライバシーの保護とユーザ情報を記録しないことをモットーにする検索エンジン DuckDuckGo が選択肢に入っている。というわけで私儀、本日を以てGoogleアカウントを削除... あっ iMacの画面がまっ黒に... なんてことはありません。

追伸その一 ある商品やサービスについて調べると、その後暫く、何か検索する度にその商品・サービスの広告が検索結果の画面に現れることは、以前発見した通り (「ビッグブラザーからの贈物クッキー」)。

追伸その二 ウィキペディアによれば、DuckDuckGoの検索結果はYahoo! Search BOSS, ウィキペディア, Wolfram Alpha, Bing, 自身のウェブクローラーであるDuckDuckBot等、多くのソースを集めたものらしい。しかし検索精度はいまいちのようです。

追伸その三 スマホで使うのは電話, 住所録, スケジュール管理, メール, モバイルSuica, デザリングだけと言っても、やはりアプリとして歩数計, 電卓, 目覚しは欲しい。歩数計と電卓はすぐに良いのが見付かったけれど、目覚しにまともなものが無い。
 Androidでは実に良くできた目覚しがあって、AppStoreでも同じアプリのiOSバージョンが見付かると思い込んでいが、さにあらず。Androidの方がアプリ開発に自由度があるのでは?と疑いたくなる程です。好きな音楽が使えて、マナーモードや他のアプリが前面に出ていても機能し、フェードインが効く、という最低限の条件を満たすものさえ見付からない。有料アプリも含めて20本近く試した挙句に、iPhone7付属の目覚しが、フェードインを除いて条件を満たすことが分った。しかし目覚しにフェードインが無いのは頂けない。Apple社は即刻バージョンアップすべし。

追伸その四 ト...が当選した途端に、日本のマスコミが好意的な扱いに転じたように感じる。それまでは揶揄半分で困った奴だという扱いだったのに、急に「昔一緒にビジネスをしたことがある」「昔インタビューをしたことがある」てな人物が登場してきて、意外にまともな人間なんですみたいなコメントをする。呆れちゃいますね。
 彼は法人税と富裕層向け所得税を10年間で6兆ドル(約624兆円)減税し、一方で1兆ドル(約102兆円)の巨額インフラ投資を計画しているそうな。米国は今だって財政赤字を抱えているのだから、帳尻を合わせるには国債の増発しかなく、長期金利が上昇して企業の首を絞める... それで最終的に誰が得をするのか私には分りませんが、いずれ余りに複雑な方程式であることに厭気が差して、「あ〜面倒くさ、大統領なんても〜止〜めた...」と途中で投げ出すんじゃないでしょうか。

豊洲市場・地下空間の怪

「盛り土で安全性を確保」という方針が専門家会議で示されたにも拘わらず、実際に工事に取り掛かった時には、設計図に地下空間が設定されていた。まさか鉛筆が勝手に動いて図面を引いたわけではあるまい。誰かが地下空間を残す設計をし、誰かがそういう設計にOKを出した。

これを「誰か」のままにしておけないのは当然で、みんなが事実を知ろうと必死になっている。当人達はそうした動きを連日の報道で目にしながら、都庁のどこかで、突き止められるまでじっと息を潜めている積りなんでしょうか。自分で当時の経緯を明らかにしようとは考えないのでしょうか。それとも、そんなことを自慢気に話すなんて、ハシタナイとでも思っているのでしょうか。

政治評論家の伊藤惇夫氏が、「やっぱり誰かを血祭りに上げなきゃいけない、そうしないと、都庁の役人はこれからも知らん顔して同じようなことを続けていく」という趣旨の発言をしていましたが、その通りだ。問題の意思決定の当事者を何としても突き止め、それまでに時間が経てば経つほど、風当りと言うか制裁も厳しくなるのだ、ということを見せなきゃいけない。

それにしても、増田氏や鳥越氏が都知事になっていたら、どうだったでしょう。結局都庁の役人にうまいこと丸め込まれて、豊洲市場への移転が予定通り行われていたのじゃないか、という気がして仕方ありません。

祝オリンピック終了

あ〜遂に終った。これでやっと普段のテレビが見られる。開会式の8月6日から閉会式の22日まで、テレビをつければどこもかしこもオリンピック報道ばかり。堪え難きを堪え、忍び難きを忍んだ十数日でありました。閉会式では、安倍首相がスーパーマリオに扮してパフォーマンスだとか。いい大人があんなことして、こちらが恥ずかしくなる。一瞬で衣装を脱ぎ捨てたのは、彼も余りに気恥ずかしかったのかも。

スポーツファンが狂喜しているのをけなす積りはありませんが、どうしてあんなにメダルの数に拘るのか。そもそも五輪憲章はIOCと組織委員会に対して、国別ランキングの作成を禁止しているくらいなのに。
 それに、三連覇しただけで偉業でしょうに、四連覇できなかった、国民の皆様に申訳ないと、泣いて謝る吉田選手。三回金メダルを取って、今回だって銀メダル。それでも申訳ないだなんて...

私も、年を取ったせいか、かって心優しい子供であった名残か、表彰台などで涙を浮かべる選手を見るとつい、胸がつかえるような気分になってしまう。しかし、ドラマや映画ならともかく、現実の人間が涙しているところをそれもアップで映して、視聴者をほろっとさせようなんて、れっきとした扇情行為であると敢えて言いたい。

こうした全ての事が、いやそれに輪をかけた状況が、たった四年後にまた起こると思うと、今から暗鬱とした気分です。しかも、オリンピックの東京招致は不祥事に付き纏われている。

1)福島第一原発の汚染水問題。凍土壁も結局うまく行かず、「汚染水の問題はコントロールされている」なんて、全くの嘘であったことが改めて証明された。

2)新国立競技場建設にまつわるドタバタ劇

3)東京五輪エンブレムの、思い出しても笑止千万な選考過程。

4)招致を巡り、2億円余りが国際陸連前会長側に、息子の関係するコンサルタント会社を通じて渡ったらしい、という報道が出たと思ったら、あっという間に舛添前都知事のスキャンダルに取って代られた。でも、実はもっと多額の金が裏で動いているとの情報もある:文春記事

5)運営費が当初数千億円の予定だったのに、ほんとは総額3兆円だなんて、如何にも嬉しそうな顔してぶち上げる御仁。
 運営費の高騰を、「東京招致のためには、開催計画書で金額を低く抑える必要があったんです」なんて訳知り顔で解説する人間がいるが、論理があべこべだ。正直に2兆, 3兆と計画書に書いていたら招致できなかったのなら、嘘で勝ち取った招致ってことじゃないですか。
 それに、今になって「本当は3兆円掛かるんです」と明かすのは、四年後に迫った東京五輪を返上する度胸など、日本国民に無いことを見込んでるのでしょう。その上で、一度が〜んと噛ませておけば、批判を受けても2兆円は通せるという腹じゃないでしょうか。スポーツ業界だか建設業界だか知らないけれど、オリンピックを錦の御旗にすれば何だって許される、と言わんばかりの態度。普段ならとても実現できないような競技施設を、この機会に造らせようという魂胆が見え見えです。


ほんとは、今更でも返上した方が良いと思いますが、そんなことは断じて許さない雰囲気。疑惑にまみれて、誰も率直に喜べない東京開催にならなければいいですが...

源氏物語:和文の流れを大切にした原文テキスト

(2014年初出。ファイル名・句読点等の誤りを修正しました)

段落タイトルも注釈用の一,二,三...も「 」右肩の人名も無い、純粋に原文のみのテキストを作成しました。「源氏物語の世界」に掲載の本文をお借りして、縦書きに変換、段落タイトルを削除、更に些か過剰な句読点と改行を岩波『新 日本古典文学体系』版に合わせて削ったものです。
 和文の柔らかさと密度の高さを兼ね備えた散文を、お楽しみ下さい。以下のリンクから四分冊の形でダウンロードできます。
 
iPad 用 / パソコン用 :
  a系 (桐壷,若紫,...)  / a系
  b系 (帚木,空蝉,...)  / b系
  c系 (若菜上〜幻)  / c系
  d系 (宇治十帖)   / d系

(iPadでは、 "iBooks" のコレクション「すべてのブック」にファイル名「A.Iwanami.iPad」などで入ります。タップすると本文の最終ページが表示されますが、画面下部に並ぶページのアイコンの一番右をタップすれば、先頭ページ(目次)が出ます)

a系, b系とは、『源氏』54帖の執筆順に関する武田宗俊の仮説に従って前半33帖を二系統に分けたもので、
 a系:最初に書き継がれて一旦完結したと想定される17帖 (桐壷,若紫,...,須磨,明石,...,藤裏葉)。
 b系:a系が完結した後で、現在の位置に挿入されたと想定される16帖 (帚木,空蝉,夕顔,...,玉鬘,...,真木柱)。
 
a系を通読してからb系を読むのが、作品の成立および当時の流布の実態に沿う読み方である上、物語の展開が遥かに見通し良くなるので、前半33帖はa系, b系に分けた形で作成しました。同仮説の根拠については、「『源氏物語』54帖執筆順の謎:大野晋の解説書紹介」をご覧下さい。

尚、以上のファイルは飽くまで和文を味わうためのものであり、匂宮,紅梅,竹河は割愛しました。「勝手なことをするな」とお叱りを受けるかも知れませんが、大野晋・丸谷才一『光る源氏の物語 下』にこの三帖について詳しい分析があり(p.193以下)、結論部分を引用しますと:
 丸谷 この三巻は本来の『源氏物語』にはなかったんでしょうね。読んで別に楽しい思いをすることもない。
 大野 読んでいたらいやになる。研究してみると、いろいろ怪しい。というのが結論かな。
 丸谷 読者はこの三巻を飛ばすほうがよいとおすすめしたい。
 大野 賛成です。

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

2013年1月、「源氏物語の世界」に掲載の本文を元に、iPad用ファイルを作りました (注の五参照)。その時は、生まれて初めて一, 二, 三,...も「 」右肩の人物名も無いテキストで原文が読めると、大満足でした。しかし残念なことに句読点が多く、会話を引用する前後で必ず改行し、心中の思いまで改行して「 」で示してある。暫く読んでいる内に、草書の如き和文の流れがブチブチ切られる感覚に耐えられなくなりました。
 それなら『新体系』版で読めば? と仰るでしょうが、こちらは国文学の学生・研究者向けに底本を忠実に再現するための工夫が災いして、物語として通読するには煩雑です。何しろ、底本に平仮名であった語を漢字表記した時は振り仮名で示し、元々漢字表記で読みにくいものには ( ) 入りの振り仮名、歴史的仮名遣いと異なる平仮名は ( ) 入りの振り仮名で訂正、底本以外の青表紙本で異同のある文字には数字を付けて注で指摘、という調子です。
 そこで試しに、iPad用ファイルのちょうど読み始めた帖だけ、『新体系』版に合わせて余分な句読点, 改行,「 」を削ってみた。期待通り、読み進むに実に快く、ページの体裁もすっきりした。
 そういう処理をすれば、『新体系』版から数字・振り仮名を取り除いた本文が得られると分ってはいたけれど、54帖全体に亘って手作業でやるなど正気の沙汰ではないと、自分に言い聞かせてきた。それが一帖だけ試してみた結果、読み進むのに合わせて少しずつ先回りして行けば、何とか実現可能なことが判明した。これで和文の流れがブチブチ切られるような感覚からは解放されるし、一年もすれば全体が完成する... というわけで、桐壷から作業を始めて、漸く全帖完成しました。
 勿論、底本には句読点等が一切入っていないわけで、それを『新体系』版に合わせたファイルを勝手に公開するのは、問題無いとは申しません。自分だけに留めるべきかとも思いましたが、こういう形で読みたいと望むのは世の中に私一人とも思えず、折角手間暇かけたものを、愛好者に利用して頂こうと考えた次第です。
 それに、注釈まで写し取って提供すればれっきとした著作権の侵害でしょうが、今回の岩波風ファイルを利用するには、一度は注釈本のお世話にならなきゃ無理です。そういうものを無料提供しても、同社のビジネスに損害を与えないのではないか。むしろ、このようなテキストの出現により、小説のように原文を読んで楽しむ読者が増えれば、周囲の人も関心を持つようになって、『新体系』版が更に売れるかも...
 一方、日本中の国文科で「『源氏』はまず何より文学作品なんだから、訓詁の学も大切だけど、一度は『あてもなき夢想...』が提供する岩波風テキストで通読すべし」とアドバイスするようになれば、これは同社のビジネス・チャンスを奪う可能性無しとは言えません。もっともそれも、同社が必要最低限の振り仮名だけに留めたテキストを、iBookまたはアプリの形で販売する気になればの話です。
 いずれにしても、元々は自分が気持良く読み進められるようにと始めたことですから、公開した行為を同社に咎められたら、すぐに撤去します。でも撤去するだけでは足りず、損害賠償まで求められたらどうしよう...

追伸その一:冒頭に引用したサイトに、「私の作成したテキストに関してはダウンロード及び加工等もご自由」と明記されていて、大変感謝しています。句読点, 改行等の他、漢字の当て方で腑に落ちないものも、目に付いた限り『新体系』版に合わせました。

追伸その二:『新体系』版でも帖によっては、担当者の好みなのか、「源氏物語の世界」のテキストよりも却って句読点・改行の多い箇所があります。そういう箇所は朝日『日本古典全書』版に合わせました。

追伸その三:『源氏』は、会話の言葉が誰のものか判別しがたいとの評判ですが、前後の脈絡、敬語・謙譲語の使い方、一般に先に口を開くのは男で口数が多いのも男、などを考慮すると、誰の言葉か殆どの場合分ります。岩波文庫版 (山岸徳平校注) や小学館「古典セレクション」版を覗いていて突然気付いたのですが、「 」右肩に人物名入りのテキストで読んでいる限り、いつまで経っても自分で判断する力が付かないのじゃないか知らん。だから私の用意したテキストでお読みになるように、などとは申しません。『新体系』版では、人物名の代りに注釈用の数字を記し、自分で考える余地を残しています。

追伸その四:正にこんな形で読みたいと思っていた本文が実現し、今では自宅でも手製のファイルをiPadで読んでいます。三回目の通読以来頼りにしてきた『新体系』版が、「恩知らず〜」と呟いているようですが、自分の解釈に自信が持てずに注釈を見ると、全く読み違えていることもある。いくら和文が好きでも、意味を取り違えたまま読み進むのは空しい限りで、『新体系』五巻本の存在意義が無くなったわけじゃありません。

追伸その五。ご参考までにファイル作成の手順を記すと、帖毎に「源氏物語の世界」の本文をブラウザ上でコピーし、Wordに移す。縦書きに変換する。できた文書をpdf化する。但しその際、多少の工夫を施した。まずiBooksのコレクション「PDF」は横書きを前提としているので、縦書きのWord文書をそのままpdf化してiPadに移すと、ページを右へ右へと繰って行かねばならず、縦書きの文章に合わない。そこでpdf化の際に「印刷順序を逆に」した。このため、iPadの画面下に自動表示されるページ番号は逆順になっている。また老眼の私でも一々拡大せずに読めるよう、Word文書で活字のポイントや縮小率を調整し、一行の文字数も『新体系』版に合わせた。

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇
  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

2013年1月に作成したファイル
  a系
  b系
  c系
  d系
("iBooks" 上のファイル名「SeriesA」等)

前半33帖を通常の順で読みたい方は、以下のリンクをお使い下さい:
 第一部 (桐壷 〜 関屋) (ファイル名 Part1)
 第二部 (絵合 〜 藤裏葉) (ファイル名 Part2)

ゴールドマン・サックスに一矢報いた気分になれる本

『ファイナンシャリゼーション 金融化と金融機関行動』と題して、経済の金融化を正面から取り上げています(小倉将志郎、桜井書店、2016年3月刊)。私の最大の関心事の一つですから、取り敢えず要点を拾い読みする積りで買ってきました。ところが序論で引き込まれて、巻を措く能わず... とにかく平易にして明快な文章で、理解できないところはパスです。

もっとも、ゴールドマン・サックスや格付け機関に対する怨念が、最後まで読み通す原動力になったのかも。何しろ2007〜08年の金融危機を引き起した張本人の大手金融機関は、司法の網に掛かっても、会社が一年の利益の数週間分に相当する罰金を払うだけで、幹部達は牢屋に入るどころか個人資産にも一切制裁を受けず、ほとぼりが冷めれば再び巨額の報酬を得ているのです。そのあたりを本書はどう見ているか、引用しますと (p.151):

大手金融機関が積極的にリスクを取ることで得た巨額収益は (中略) 社会的意義や公正さの観点からみて受け入れがたいものだ。何故なら、そうした利益の大半は結局のところ、既に様々な経済主体に分配された所得からの支払いに基づいており、実体経済における新たな価値創造とはほとんど何の関係も無いか、あるいは価値創造を阻害するものと言えるからだ。
 しかもそこでは、
 ○ 資金・情報・技術面で圧倒的優位に立ち、ゲームのルールを都合の良いものに変更する力を持ち、損失は自ら負担する必要の無い立場にある一握りの大手金融機関が、
 ○ そんな立場にない圧倒的多数の一般市民の資金を集めた年金基金・投資信託等の機関投資家、個人投資家、中小金融機関などに、
 ○ 有害な金融商品を高額で購入させたり多額の手数料を支払わせたりしている。
 こうした行為による巨額収益は、敢えてリスクを取ったことへの正当な対価と言うより、限りなくイカサマ賭博に近いのではないか


こんな風に事実をありのまま記すと、過激思想として斥ける向きがあるかも知れませんが、本書は異端の徒による檄文じゃありません。実証研究に基づいて書かれた、一橋大学の経済学博士論文に加筆・修正したものです。以下、要点をご紹介しますが (記述の対象は全て米国)、引用箇所をいちいち「 」で示すと煩雑なので、説明は全て同書によることを前提に、「 」は付けません。

1 金融化:企業, 家計, 政府の場合
製造業など非金融機関でない企業において、利潤の金融化が起こっている。即ち企業の利潤の中で、証券・ファンドへの投資、金融子会社の運営といった活動から得る利潤の割合が高くなった。また負債も増加した。これは特に企業同士のM&Aを仕掛けるため。
 また支配の金融化が見られる。具体的には企業統治において、特に機関投資家 (保険会社, 年金基金, 投資ファンド等) を始めとする株主の発言力が強まり、株主価値を最重要視する短期的な利潤追求が、企業経営者に半ば強制されるようになった。

家計でも金融資産が増えている。これは富裕層に限ったことではなく、ごく普通の世帯が老後を考えて年金基金に拠出したり、個人向け投資信託などで貯蓄を運用するようになった。
 加えて、住宅ローン, 自動車ローン, 学資ローン, クレジットカード・ローン等の負債が増加した。これは例のサブプライムローンに代表されるように、貧困層も例外ではない。

各国政府においても、財政赤字を補填するための国債発行により負債が増加し、金融市場に翻弄されるリスクが増している。それが現実化したのが7年前のギリシャを始めとする欧州債務危機だし、米国は世界最大の債務国だ。


2 影の銀行(シャドウ・バンク)
現実の銀行(リアル・バンク)は、預金を受入れて企業に貸出し、預金利率と貸出利率の利ざやで収益を上げてきた。そのため預金保険に加入する等の義務があり、また自己資本比率等の規制を受ける。
 これに対して影の銀行は、預金受入れを認められない代りに、現実の銀行のような規制を受けず、業務遂行に高い自由度がある。そして、現実の銀行と同じく短期で調達した資金を長期で運用し、最終的に資金の出し手と借手の間を仲介するのだが、資金調達の仕方も運用の仕方も全く異る (影の銀行システムの中核をなす金融技術「証券化」については、追伸その二を参照):
 調達:
  資産担保CP (commercial paper) などの短期債券を発行
  有価証券を担保にした市場からの短期借入れ
 運用:主に、企業・家計に対して現実の銀行が持つ貸出債権を元に発行された長期性の証券化商品を購入 (それが、実質的に企業・家計に金を貸していることになる。この辺の、様々な主体間の複雑な資金の流れはp.96の図式参照)。

運用のために購入する証券化商品は、複雑かつ不透明で非流動的である。代表的なのが債務担保証券(CDO)で、住宅ローン等の債権やその他の資産をベースとする証券化商品だ。それ以外にも、
 1) CDOのキャッシュフローを担保にした再証券化によって生み出される二次, 三次のCDO
 2) CDO等の債務保証の役割を果すデリバティブ契約であるCDS
 3) 複数のCDSのプレミアム支払いキャッシュフローを担保に発行されたシンセティックCDO
 .....
如何に複雑な仕組みの運用をしているかを示すためにコピーしただけで、ブログ管理人も理解しておりませんが、こうした金融商品を、主に市場を経ない相対取引(OTC)で、しかもタックスヘイブンや不透明なオフバランス取引を経由して行っている。

ここで忘れてならないのは、影の銀行による金融取引の拡大を促進する条件が整っていたことだ:
 1)金融界と学術界の協力による、新古典派経済学・効率的市場仮説に依拠したファイナンス理論とその応用である金融工学の展開。
 2)格付け機関。CDOのような複雑な仕組みの証券に対して、米国の三大格付け機関 S&P, ムーディーズ, フィッチは、リスクが極めて低い安全な債券であるとして、その大半に最高格付けを与えた (もちろん証券発行者からは高額の手数料を取った)。
 3)1980年代以降の米国政府・規制当局による新自由主義的スタンスが、影の銀行システムを強力に支援した。それを代表する人物が、レーガン元大統領とグリーンスパン元FRB議長である。
 4)機関投資家の資産が増大し (1 企業・家計の金融化 参照)、安全な金融商品への需要が急速に高まり、影の銀行への資金提供者としても、影の銀行が生み出す高度な金融商品の購入者としても、大きな役割を果した。


3 大手金融機関が積極的にリスクを取った
その経路は三つある。
 自己勘定取引:自己資金を用いて自らの勘定で行う短期的投資。この際、借入れによって自己資金の何倍も用意し、自己資金だけで生み出せる利益の何倍も得る、レバレッジという手法が用いられた。損失が出た場合は、損失額が何倍にも膨らむ。
 代替投資:株式, 債券の代りに商品, 不動産, デリバティブ, 未公開企業株式などに投資。
 OTCデリバティブ:当事者が相対で取引の内容・条件等を決めて実行されるデリバティブ (詳細は同書参照)。
 こうした取引に当って大手金融機関では、経営陣, トレーダー, 販売担当者などに短期的業績をベースとする成功報酬を与える一方、好調時に上げた巨額報酬を不調時や巨額損失の発生時に返却する義務は課さなかった。それが、短期的且つ過度のリスクを取るインセンティブとなった。

ここで一つ重要な点を指摘せねばならない。影の銀行システムで本質的役割を果す証券化商品, 高度な金融商品は、もともと様々な経済主体による負債の元利払いフローを裏付けとする。影の銀行システムが拡大し、そうした金融商品への需要が急激に高まるにつれ、供給不足が生じた。そこで金融機関は、金融商品を生み出す原料になり得る負債の範囲、つまり貸付けの相手を、それまでの優良企業から次第に中小企業や中低所得・貧困家計へと広げた。こうした中で貧困層にまで提供されたのが、サブプライム・ローンだったのだ。


4 大手金融機関の発揮する金融権力
金融権力とは、一握りの大手金融機関が、巨額の資金と人材、豊富な情報などをてこに、政府・規制当局と人的・資金的に結び付いて影響力を行使することを指す。

これによって自らに都合の良い法律や規制の導入を図ったわけだが、中でも大手金融機関の利益追求が主導した側面を持つ金融化の展開は、それら以外の大部分の主体にとっては、むしろ直接・間接に多くの経済・社会的な負担・損失を強いるものであった。
 特に一般家計は、金融機関の勧めで様々な個人向け金融商品を購入したばかりでなく、年金基金などの機関投資家を介して非常に不透明な金融商品を間接的に購入させられ、生活資金・老後のための資金をよりリスクに晒すことになり、ますます不安定な生活を強いられるようになった。

要するに大手金融機関は、圧倒的な資金力と広範な人的つながりを利用し、政治家や規制当局といった政治権力と密接に結び付くことで、リスクを取るのに有利な条件を次々と獲得した。それを端的に示すのが「利益の私物化と損失の社会化」だ。リスクを取って利益が出ている時は全て自分の懐に入れ、リスクを取り過ぎて損失を出し自己の存続が危うくなった時は、大き過ぎて潰せないという理由で、公的資金で救済されるというわけだ。

更に危機後の破綻処理においても、ゴールドマン・サックスを始めとする大手金融機関は、自分の利益になるように金融権力を発揮した。本書は、金融権力が効果を上げた具体的事例を4つ挙げているが、簡単に要約できることではないので自分でお読み下さい。


追伸その一。あ〜疲れた...

追伸その二。証券化について、蛇足ながらブログ管理者が解説を試みます。
 典型的な例として、住宅ローンの貸出債権の証券化を考える(サブプライム・ローンの話もここに発する)。
 例えば1000万円の住宅ローン(年利5%, 期間20年)を銀行が貸出す。この債権を別会社に移して、そこが100万円の債権10本に分割する。これを一本購入すると100万円の債権を持ったことになり、年5万円の利息が入っていずれ元本の100万円も戻ってくる(住宅ローンの借手からの元利払いのフロー)。
 実際にはその別会社が、何本もの住宅ローンを束ねた上で、分割して証券とする。ローンによって貸出期間も金利も異るわけだが、それを集約して分割するところが金融技術というものだ。その中で様々な手数料も発生する。こうした証券を一旦投資銀行などが全額引き受けた上で、投資家に販売する。
 最初にローンを貸出した銀行にとっては、貸倒れになるかも知れない債権をすぐに手放せるし、投資家は自らローン全額を貸出すことなく投資ができる。

SF映画『Time/タイム』(2012公開)

無料お試し期間を経て首尾よくTSUTAYA・定額レンタルの有料会員になり、SF映画のリストを古い方から表示させて、ゾンビ, モンスター系以外を片端から借り出しました。勿論、本筋と無関係な言動をだらだら見せるなど、最初の15分で引き込まれないものは直ちに却下。そうでもしないと、何のために生きてるのか分らなくります。

その甲斐あって遂にぐっと来る映画を発見し、二度見た上に927円の新品DVDを買いました。大きなお目々のヒロイン(アマンダ・セイフライド)をじっくり眺め、相手役の男とお手々つないで逃げるシーンの音楽を、何度も聞きたくなったのです。

バイオテクノロジーで遂に不老不死を実現した未来。しかし... 全ての人間が不老不死を享受しては、あっという間に人口過剰になってしまう。そこで、人口の大多数を占める貧乏人が、なるべく早く死ぬように仕組まれている。

 1)人間は25歳で肉体の成長が止まり、永遠に美貌と体力が25歳の状態に維持される。
 2)実は、25歳になった瞬間から一年だけ寿命が与えられる。同時に左腕に埋め込まれたデジタル時計が起動し、残り時間が何分・何秒まで表示される。時計の数字が全て0になった瞬間、心臓発作の感じで死ぬ。後は本人の才覚次第。と言うのも、
 3)時間が通貨。コーヒー一杯4分、豪華な食事なら8週間、バスに乗るのも一区間1分てな具合で、腕を端末の下にかざすと、寿命の残りから価格分の時間が差し引かれる。労働の報酬も時間で支払われ、その分寿命が伸びる。
 4)二人の人間が腕を重ねると、腕が下にある方の人間から上にある方の人間へと、時間が移動する。合意の上の場合もあれば、強引に時間を吸い取ることも出来る。

さて、地球は貧乏人の住むスラムゾーンと富裕ゾーンに二分され、その間の往来には通行料が掛かって、貧乏人は富裕ゾーンには入り込めない。しかもスラムゾーンでは物価が常に上昇し、税金も上り気味。貧乏人の寿命はどんどん減っていき、その分が富裕層の地区に流れるようになっている。

その結果、スラムゾーンの人間は25歳を超えると、大抵一日か二日の寿命しか持っておらず、毎日あくせく働いては翌日まで命を延ばそうとする。時間が通貨だから、生活するとは正に自分の寿命をすり減らすことなのだ。一方金持は、何百年、何千年という寿命を享受している。現実のアメリカでは実際、貧困層の寿命が中流以上に比べて明らかに短くなっているそうだから、格差社会の行き着く先を象徴しているとも言える。

ある日、スラムゾーンに住む実年齢28歳のウィルが、自殺願望でわざわざスラムゾーンに入り込んだ金持の男を、ギャングの一味から助け出す。逃げ込んだ場所で彼は金持から、スラムゾーンの住人の寿命が吸い上げられ、富裕ゾーンに流れていくシステムの存在を告げられる。そして翌朝目を覚すと、自分の時計には百年余りの時間が入っていた。

そこで、もらった時間で高級ハイヤーを雇い、通行料を何年分も払って富裕ゾーンに入り込む。そこで知り合うのが、システムの元締めとおぼしき大富豪のおてんば娘シルビア(アマンダ・セイフライド)。実年齢27歳だが、日頃から終りの無い人生にぞっとしていて、「いつかバカなことをしてみたい」なんて青年に語る。

初めて見る女優だが、お目々がアニメの少女なみに大きなカワイ子ちゃんで、モデルみたいな脚をしているのがちょいと残念。

映画半ば、ウィルと一緒に時間監視局員に追われて逃げるのだが、顎の高さまでのおかっぱ(ボブと呼ぶそうな)を左右に揺らしながら必死に走る姿が、何度見ても飽きない。更にその時に流れる音楽が、妙に気に入ってしまった。レンタルで二度も見たのに927円でわざわざ買ったのは、この約一分半のシーンのためです。

こうなったらもうシルビアさえいてくれれば、前回の「SF映画・ドラマを只で見る法」で『ギャラクティカ』の解説に引っ張り出した三人の女性などいなくても...

と妄想モードに入りそうなので、取り敢えずご覧下さい:予告編

追伸その一。ネットで検索すると、Time is money をそのまま映画にしてしまった、などと書いてあるが、私はバルザックの『あら皮』または「悲しみの皮」を思い出しました。

追伸その二。同じくネットでは、シルビアの吹替えをしているAKB48の篠田麻里子が酷評されているが、どうも理解できない。私の印象では、不思議と艶っぽくて潤いのある声で、口調も浮世離れしたお嬢様ののんびりした雰囲気にぴったりです。

SF映画・ドラマを只で見る法

YouTubeじゃありません、れっきとしたDVDでです。

昔からSFが好きで、
 アイザック・アシモフ『銀河帝国の興亡』
 ダン・シモンズ『ハイペリオン』
 タイムトラベルの金字塔三作 :『永遠の終り』...
など、夢中になって読みました。

しかし、最近はブログの作文で忙しい上に、老眼が災いして中々本で読む気にならず、映画かテレビドラマになってしまう。そんな中で目に留まったのが、ディズニー・チャンネルが放映した『エージェント・オブ・シールド』。ドラマは二時間読み切りのものしか見ないという原則を敢えて破り、毎週一時間の「シーズン1」22話を見てしまった。これが意外とテンポが速く、中身もあって面白い。魅力的なお姉さんも出てくる。

「シーズン2」は今年の三月からとCMにあって、また録画しようと思っていたのに、どういうわけか二月に人が出張中に始めよった... ように見えた。今から録画を始めても、最初の数話が見られないし、DVDを買えば全22話で16,700円もする。ちょっと買う気にならぬと思案していると...

どういうわけか、TSUTAYAのDVD宅配レンタル「30日間無料お試し」が目に入る。29日目に解約すればいいのだ、と自分に言い聞かせて登録する。すると、何ヶ月も前から見たかったのに買えば今でも3000円する『トゥモローランド』が見られて、これが実に面白い。ジョージ・クルーニーのおじさんと小さな女の子のラフィー・キャシディが地球の未来を救うお話で、最後にほろっとする。一年近く前のロードショーの際は、製作会社が的外れな宣伝をしたために振るわなかったらしいが、二度楽しんでDVDを返却した。

有料会員になれば、月2000円で新作8枚、旧作は何枚でも見られる... と言っても、見たものを返さないと次のを発送してくれないので、月に30枚見るってわけにはいかない。それでも、どうしても見たいものが月に一枚でもあれば充分元は取れるから、後は「只で見られる」。数年前には、電車で一駅のTSUTAYAの店舗に行っていたが、SFとなると有名作品以外はろくなものが置いてない。タイトルで選んで何枚も借りたけど、B級, C級ばっかりだった。

他にもテレビの予告編で期待して、
 『オブリビオン』
 『プロメテウス』
 『ルーパー』
 『バトルシップ』
などなど、乏しいポケットマネーで買って見たけど、詰まらないものばかりで、TSUTAYAのシステムを知っていれば無駄に散財することは無かった。

実は、TSUTAYAの無料お試しと並行して動画配信のHulu, Netflix, U-NEXT の無料お試しにも登録したけど、結局見たいSF作品が揃っておらず、TSUTAYAのDVD宅配が一番色々見られることが判明した。それに、動画配信で見たいものがすぐに見られたら、私のように意志の弱い人間は仕事が手に付かなくなってしまう...

さて無料お試しで見たのが、

『スターゲイト アトランティス』
 最初の『スターゲイト』シリーズは毎回同じようなストーリーで、しかもそれがチャチで見る気がしなかったが、アトランティスと付くと興味が湧いた。スターゲイトで亜空間を通って、別の銀河系の惑星にある人工都市アトランティスを調べに行く。しかし...
 探検隊の女性リーダーが綺麗だけど勝気にちょ〜の付くお姉さんで、私の好みに合わない。発想も結局最初のシリーズと同工異曲だし、二三枚見て止めた。あの世に行くまで何年残っているか分らないのに、のめり込めないものを見ている暇はありません。

『バビロン5』
 寡聞にして聞いたことも無いシリーズだが、欧米では凄い人気だったそうです。地球人の綺麗なお姉さんが巨大衛星基地バビロン5の副艦長として毎回出てくるけど、同時にゲテモノ同然の異星人も目にしなきゃならない。私の繊細な神経では耐えられそうもないので、4話見て止めた。

『ギャラクティカ』
 かって人類の開発したロボット達が人類を攻撃してきた。ゲテモノ異星人が出てこないのは良いが...
 天才エンジニアがロボット軍団の開発した女アンドロイドに誘惑されて、人類のコロニー壊滅を招く。しかし生き残った5万人を乗せた船団にうまいこと乗り込み、自らの行為がバレないように何やかや画策する。毎話この男の顔を見るのが、やはり耐えられそうにない。それでも悪女アンドロイドが、
 『Xファイル』の捜査官J.アンダーソン
 『CSI:マイアミ』弾道分析のE.プロクター
 『アベンジャーズ』のC.スマルダーズ
のどれかだったら続けて見たかも知れないのに、キャスティングが間違っとる...

というわけで、無料お試し期間中に見たテレビ・シリーズはどっちかってゆ〜と不作だったが、有料会員になって見たのが、

『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』
 いつものアベンジャーズ・スタイルがいよいよ派手になった、だけとも言える。メカ的には見せ所もあり、ロボット・スーツを身に着けるところを延々と映すようなB, C級的なところも無い。しかし... ストーリーに深みが無い、明快な太い筋が見えない、ただアクションが次から次へと雑然と繰り出されるって感じ?

『ターミネーター:新起動/ジェニシス』
 未来のある時点から、何かが現在に送り込まれる。しかし未来のその時点の状態が成立しているのは、正にその何かが現在にやってきたお陰なのだ... 
 タイムパラドックスの一つですが、これはストーリーの中で一回だけ使うのが効果的であり、説得力もある。『ターミネーター』はシリーズでそれをやるから今回は仕掛けが妙に複雑になり、並行宇宙に近いような理屈が付いている。認知症になり掛けている私は、一度ではフォローし切れない。当然、明確な印象も余韻も残らない。それとも、しらふで最後まで見れば感動するのか知らん。
 癪だから翌晩もう一度見た。確かに前夜の記憶には軽度のアルコール症状が認められる。今度はストーリーも良く見えるし、最後の場面はまあ感動的だ。しかし余りに雑多な要素が盛り込まれて、本筋が浮き彫りになってこない。全体は部分の総和にあらず、という真理がマイナスの形で証明されてしまった。
 それにシリーズの『1』からいつも、未来におけるスカイネットの機械軍と抵抗軍の戦闘シーンをちらちら見せられて、いつ本格的に見せてくれるのかと期待していたのに、どうやらそういう気は無いらしい。代わりに、あまり後味の良くないどんでん返しでお茶を濁された感じ。
 こうなってみると『2』が一番、筋の展開も明快で印象深かった。

な〜に、SFはこれだけじゃありません。これから
 『ハンガーゲーム FINAL』
 『スターゲイト:真実のアーク』
 『ウルトラヴァイオレット』
 『タイムコップ』
 『ヴァーチャル・ウォーズ』
  ......
 そして『スターウォーズ フォースの覚醒』
とま〜、続々見られるんです。

「何だ、これじゃ結局TSUTAYA宅配レンタルの宣伝じゃん」とお感じになりました? 私も同感です。

老いらくの囲碁

iPadで遊ぶ戦闘機ゲームと異り、30代に一度かなり凝りました。当時、都内某大学理学部数学科の助手をしておりましたところ、昼間っぱらからあちらこちらの研究室でパチリパチリと、約全員が囲碁に興じておりまして、私も付き合い上覚えるしかなかった... 少し分ってくるともう止められず、週一で碁会所に通うように。

さて、これ以上強くなるには定石を本格的に勉強しなきゃならない、つまりかなり記憶力を要することになった頃、仏留学の話が持ち上ってこちらも語学のために記憶力を要する。両方こなすだけの記憶容量が我が脳髄には無いもんですから、囲碁が犠牲になり、それ以来遠ざかっておりました。

30年後、家内と一緒にやろうかという話になって石まで買い直しましたが、何しろ彼女は初めてだし、ついつい教師だった頃の悪い癖が出て、そこに打つのは意味無い、そっちは形が良くない、などと口を出してしまう。その内に「打ちたいように打たせてくれないなら□○△×!」、反省の弁を述べても後の祭。家内を碁敵にする計画は不発に終りました。

それからまた数年、一昨年の正月に高校の同級生からもらった年賀状に「囲碁を始めた」とあって、不思議にそそられ、しかし人間を相手に打つ気にもなれず、パソコンソフトを探した。Gobanというフランス製らしきソフトが1000円で見付かり、その強い方のバージョンPachiを相手に4子程置いて、時々何となく打っていた。

ところが昨年暮にどういうわけか自宅のiMacが故障し、止むなく買い替えたらシステムがバージョンアップされていて、Gobanの強い方のPachiが動かない。これでは面白くないとまたソフトを探したところ、フランス人の開発した思考エンジンCrazyStoneを搭載した「最強の囲碁」なるものが出てきました。しかしWindows版しか無く、しかも一万円。一体どうすりゃイイのさ、とよく調べてみると、iPad用にエントリー版「最強の囲碁HD 〜CrazyStone〜」が出ていて720円。それでも7子置いてたまに勝てる程度です。かなり強いらしい人のレビューによると、アマの有段者並で、棋風もごく自然な打ち方であるとのこと。

7子も置いていると、一寸ヘマして中盤で押され気味になったら、もう勝てる可能性はありません。囲碁ソフトの良いところは、そういう時に何度投了しても、厭がらず相手してくれることです。

囲碁が気に入っているのは、ルールが初等幾何の公理と同じくらい当然で自明なものだけなのに、ゲームとして非常に深みがあること。その上どの石も同じ力しか持たず、好きな所に打てて、私レベルでも創造の楽しみが感じられること。

それにしても、模様、勢力、厚み等、人間が盤面全体を眺めてある程度感覚的に把握することを、コンピュータ・ソフトがどうやって処理できるのか不思議でならない。かく申す私より7子も強いんですから、CrazyStone はそういった側面もうまく処理できているに相違ない。

調べたところ、モンテカルロ法がベースになっているそうで、何でも一手打つために、ランダムな候補手で終局までシミュレーションし、候補手の中で最も勝率の高い手を選ぶと書いてある。しかし、候補手の一つから終局まで打つには、次の手、更にその次の手と、何十手か選んでいかねばならない。次の手を選ぶのに、またランダムな候補手で終局までシミュレーションすんの?... というところで私の頭は思考停止。オマエはいつも詰めが甘いと言われております。

こんな調子でいたところ、Googleが脳神経回路を真似た「ディープラーニング(深層学習)」なるAI技術を駆使したソフト「アルファ碁」を開発し、遂に人間のプロ棋士に勝ったそうな(2016.01.28)。もっとも相手はどうやら欧州チャンピオンで、世界最強の棋士ではないらしい。でも3月にソウルで、世界的なトップ棋士イ・セドル九段との5回戦が予定されているそうで、勝敗の行方が楽しみ...

と言うより何だか不安です。コンピュータにとってはチェスや将棋より遥かに難しいと言われる囲碁でも、人間はAIに負けちゃうのか。その内AIが自我を獲得して、映画『ターミネーター』シリーズのスカイネットがほんとに出現してしまうのではないか。事実アメリカのNSAは、電話の交信データを分析する極秘ソフトを開発し、パキスタンでテロリストを洗い出してドローンによる攻撃を仕掛けているとか。しかも、ソフトによる分析ですから当然誤差がある。それを「無実なのに殺害されるケースはごく稀」と、平気な顔して言っているそうな。その上NSAの担当者達はユーモアの積りで、この極秘ソフトをスカイネットと呼んでいるそうです。

ところで新聞記事には「GoogleがAI技術による「アルファ碁」を開発し」とあるが、正確には2011年に設立されたイギリスのAI関連ベンチャー企業ディープマインドが開発元で、Googleは同社を2014年に5億ドルで買収しただけ(だけ、でもないとは思うけど)。

こういう例はよくあるんです。有名なのはMS社が開発したことになっているMS-DOS。実はウィキペディアによれば、「同社にはOSの開発経験が無かったため (中略) シアトル・コンピュータ・プロダクツ社のQDOSを開発者込みで買収しIBM PC用に改修した」だけなんです(項目「MS-DOS」の一節「開発の経緯」)。

最近では、ソフトバンクが開発したことになっているロボットPepper。あれも実は、フランスのベンチャー企業アルデバラン社が開発した二足歩行の人型ロボットNaoがベースになっている。ソフトバンクは2012年初めに1億ドルでアルデバランの株式の78%を手に入れ、その後更に創業者の持株を買い取って95%を掌握したのだそうな(「ペッパー発表の舞台裏 仏企業のロボットが日本国籍になった日」)。

ベンチャー企業の開発したものを企業買収で自社の所有物にして、最初から自社開発したかの如く宣伝するて〜のは、如何なもんでございましょうね。それが資本の論理ってことでしょうか。Googleは最近、色んな分野に手を出しているけど、ひょっとしてみんなそんな感じなんでございましょうかね。勿論、我がApple社は違う、なんてことは申しません。

筒井康隆の『パプリカ』『文学部唯野教授』

ほんとはネ、新作『モナドの領域』について書く積りだった。ところが、新聞広告や帯封のキャッチフレーズ「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」は、全くの期待外れ。

何より、タイトルに掲げた二冊の印象が余りに強かった。特に、夢の世界が現実に干渉してくるという奇想天外な虚構を端正な文体で語る『パプリカ』に比べると、新作のストーリーは薄味で迫力に欠ける。アリストテレスやトマス・アクィナスまで出てくる哲学・神学的議論を展開するための、口実にしか見えない (オマエの理解力の限界が露呈しただけだろ... と言う声が聞える)。

ま、「わが最高傑作...」と断言しているのだから、彼としてはこれぞ最高の到達点とお考えなわけだ。画家でも、一旦ある境地に到達してもそこに留まらず、常に新たな境地を開拓していく人がいる。筒井康隆も、『パプリカ』のような小説を二度書く気は無かったのでしょう。しかしそれでは私の気持が収まりません。


というわけで、まず『文学部唯野教授』。あのお堅い岩波書店が出したとは思えないような文体で、様々な文芸批評理論を平易に紹介という趣向らしく、章立ても以下の通り:
 第一講:印象批評
 第二講:新批評
 第三講:ロシア・フォルマリズム
 第四講:現象学
 第五講:解釈学
 第六講:受容理論
 第七講:記号論
 第八講:構造主義
 第九講:ポスト構造主義

難しい話を難しく語ることは誰でもできる... と思うけど、難しい話を噛み砕いて説明するのは、その本質を理解してなきゃ無理なわけで、敬服の至りです。『モナドの領域』の哲学・神学的議論も含めて、超一流の知性を備えた勉強家であることが分ります。

正直申せば、私にはどの講義もちゃんと理解できる程の教養が無いもので、専ら各講の間を繋ぐ唯野教授の饒舌を楽しみました。彼にとって「その名前が世界を表現する言葉となった」美人女子学生とのいきさつや、学内の様々な騒動を語る洒落のめしたお喋りは絶品です。


しかし2009年の記事「夢と記憶喪失と脳科学」にも書いたように日頃から夢に関心のある私には、何と言っても『パプリカ』が凄い。粗筋を思い出すため所々読み返して、虚構の世界に引き込まれる快感を改めて味わいました。よく考えてみるとそれは、筒井康隆がこの小説で用いた端正な文体を味わう快さであったとも言える。折目正しい日本語の模範として中学の国語教科書に載せたいくらいですが、中学生にはちょっとエッチ過ぎる描写が何ヶ所か。

小説の舞台は近未来の日本。精神医学研究所でサイコセラピー機器が開発された。センサーの詰ったヘルメットを頭にかぶって眠ると、睡眠中の夢を動画として記録できるのだ。患者の夢をモニター画面で観察して、治療に活用することもできる。特別に迅速な治療が必要とされる場合は、天才的美人セラピストが、サイコセラピー機器を通して患者の夢に入り込み、そこでじかに精神分析的手法を駆使する。その時彼女は、目の回りにそばかすを付けたりして18歳の娘に変身し、夢探偵パプリカと名乗る。

さて、サイコセラピー機器を更に進化させた驚異的な端子が開発される。名付けてDCミニ。直径7ミリ、高さ1センチほどの円筒形で、二人の人間がそれぞれの頭皮に装着するだけで、相互に相手の夢の中に入り込める。

当然のことながら、精神医学研究所には思想的違いを背景にした権力争いが発生している。パプリカと機器全てを開発した研究員を含む所長派が、イイ人達。オーストリア留学中にカトリックの異端中の異端に心酔した副所長とそのホモダチ美男研究員の一派が、ワルイ人達。

DCミニの開発をきっかけに両者の対立は決定的となり、研究員の発狂や失踪など、異常な事件が起こり始める。しかし、サイコセラピー機器が非合法だった頃からパプリカが秘密裏に治療をしていたことや、DCミニがまだ未公表の極秘の装置であることから、イイ人達も警察力を借りるわけにいかない。こうしてパプリカ達も敵方も、互いに相手の夢に侵入しては戦うことになる。彼等は訓練によって、半醒半睡の状態で夢を見、思うように目を醒ますことができるのだ。

そしてある晩、パプリカが夢の中で美男研究員の頭からDCミニを掴み取って眼を醒ますと、何とそれを手に握っていた! という事件が起り、DCミニが開発者の意図した以上の作用を持つことが判明。遂には、DCミニを装着した人間の夢に現れる妄想の産物までもが、現実の世界に出没する事態に...

この辺りのストーリー展開と描写は、筒井康隆の面目躍如です。しかも、夢と現実が混ざり合うシュールな場面でも、端正な文体が維持されて、それが逆に事態の進行にリアルさを与えています。そろそろお読みになりたくなったでしょう。iPadをお持ちなら、新潮文庫iBooks版が730円で買えて、今すぐ読めます。Kindle版もあります。