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源氏物語:桐壷,帚木,空蝉,...の順に読むと、話の流れが不自然かも


林真理子 (源氏物語の)初めのほうの、空蝉に対する光源氏の態度はちょっと傲慢。現代の女性に好意をもたれない感じがします。それも相手は人妻。紫式部はなぜ、読者に嫌悪感をもたせるような女性関係をオープニングに設定したのでしょうね。

山本淳子 なぜでしょうね。私にもわかりません。

 ( 誰も教えてくれなかった
  『源氏物語』本当の面白さ
  林真理子×山本淳子、小学館新書
  p.32、最後から二行目 )

林真理子の疑問はもっともで、人気作家だけあっていいところを突いている。それに比べて山本淳子の反応は、『源氏』研究者なのに頼りない限り。

と言うのも、世に「武田説」と呼ばれるものがあって、要約すれば以下の通り。

1)『源氏物語』前半33帖は二つの系統に分離できる

 紫上系:桐壷 若紫 紅葉賀 花宴 葵 賢木 花散里 須磨 明石 澪標 絵合 松風 薄雲 朝顔 少女 梅枝 藤裏葉

 玉鬘系:帚木 空蝉 夕顔 末摘花 蓬生 関屋 玉鬘 初音 胡蝶 蛍 常夏 篝火 野分 行幸 藤袴 真木柱

2)玉鬘系は紫上系の完成後に書かれ、現在の場所に挿入された

つまり、林真理子の疑問自体が解消されるわけです。山本淳子は、次のように解説して上げても良かったのではないか :

「学界の多数派ではないけれど、武田説によれば、紫式部が書き始めた時点では、読者に嫌悪感をもたせるような女性関係をオープニングに設定する積りは無かったのヨ」。

確かに、武田説を支持する研究者は学界で少数派です。しかし山本淳子は人も知る平安文学研究者で、『源氏物語の時代』で第29回サントリー学芸賞を受けた程の専門家。1950年に発表されてその後十年以上に亘って学界を賑わせた仮説を、聞いたことも無いなんてあり得ない。なのにそれを紹介することもなく、ただ「わかりません」という答え方は、武田説を無視する学界の大勢を憚って口をつぐんだとしか思えません。

これは別に、山本淳子氏を狙い打ちしているわけではありません。今度少し調べたのがきっかけで、別の著書『平安人の心で「源氏物語」を読む』を購入し、平安時代や『源氏』について何でも知ってるんだと、改めて感心したくらいです。「武田説を無視する学界の大勢を憚って口をつぐんだ」というのは、大野晋・丸谷才一など少数の人々を除いて、武田説を飽くまで否定する大多数の専門家諸氏に向けた言葉です。

武田説の根拠は「『源氏物語』54帖執筆順の謎:大野晋の解説書紹介」にご紹介しましたが、主要な点を引用すれば:

1) 紫上系の人物は玉鬘系にも登場するが、玉鬘系に初登場する人物はその後に来る紫上系の帖には登場しない。

2) とりわけ、前半33帖の大団円とも言うべき梅枝,藤裏葉には、光源氏が関係した多くの女性が勢揃いしているのに、玉鬘が全く姿を見せない。

3) 紫上系で起きた事件は玉鬘系に影を落しているが、玉鬘系で生じた種が紫上系に戻って活動することは無い。

これだけでも、紫上系が本体であり玉鬘系は外伝のようなもの、と考える根拠として説得力があります。しかも桐壷,帚木,空蝉,...と読み進む限り、「紫式部はなぜ、読者に嫌悪感をもたせるような女性関係をオープニングに設定したの?」という疑問を避けられない。林真理子のひと言は図らずも、現行の順で読むことの不自然さを炙り出したと言えるのじゃないでしょうか。


その上、原文にせよ現代語訳にせよ初めて『源氏』を読む人にとっては、まず紫上系を通読してから玉鬘系を読んだ方が、物語の展開が遥かに見通し良くなるのです。

実際、帚木,空蝉,夕顔の三帖は、それぞれを短編として読めば面白いけれど、『源氏』全体を物語として読み通そうと思う者にとっては、話の進行がしょっぱなから停滞して中々前に進まず、先の展望も開けない大きな原因です(岩波『新 日本古典文学大系』本で合計約100ページ)。玉鬘,...,真木柱の十帖に至っては、梅枝,藤裏葉の前に、約200ページに亘って立ちはだかっています。この十帖で初めて登場した人物や起きた事件が、梅枝,藤裏葉には一切現れないのにです。

こうした事情にも拘わらず通常の順で読ませようとするのは、通読を思い立った読者の覚悟を試しているかのようです。帚木,空蝉,夕顔の三帖を突破した者だけが若紫以降に進む資格を持つ。同じように、玉鬘に始る十帖を読破した者だけが、前半33帖の大団円を知る権利を与えられる... まるで通過儀礼のような雰囲気です。

殆どの研究者は苦労して通常の順で読み通したものだから、初めて読む人が武田説に従って楽するのが安易な態度に見えてしまう、いやむしろ無意識的に面白くない。だから、みんなで寄ってたかって通常の順で読ませようとする... のではないかと勘ぐりたくなってしまいます。 

もうそろそろ武田説を無視するのは止めて、「慣例に従って各帖を並べてありますが、紫上系を先に通読するという読み方もあります云々」と、序や凡例にひと言入れてみては如何でしょうか。原文・現代語訳を問わず、『源氏』を最後まで読み通す人がぐっと増えること間違い無しです。

追伸 ご参考までに、林真理子×山本淳子対談の第一章「『源氏物語』スター千一夜」の、冒頭から件の箇所までを引用します。

恋の暴れん坊将軍・光源氏の正体
 壮麗な長編小説『源氏物語』の魅力を支えているのは、光り輝くばかりの登場人物たち。中でも一番の人気は高貴な生まれのイケメン、光源氏を置いてほかにいないでしょう。美貌と知性で女性遍歴を繰り返す、魅力的な彼の存在を抜きにしてこの物語を語ることはできません。光源氏は一般的に知られるようなただの色好みであったのか、それとも.....。おふたりの対談はまず、この主人公像から始ります。

林真理子 実は私は、光源氏という人はしょっちゅう女の人をひっかけて遊んでいただけで、あまり魅力的な主人公だとは思っていませんでした。
山本淳子 確かに現代の感覚では、そういう感じ方にもなりますよね。光源氏には「恋の暴れん坊将軍」みたいな傾向があって、その点がヨーロッパやアメリカの研究者の方には受け入れがたいとうかがったことがあります。
 はじめのほうの...。

追伸 (2017.11.23)
最近、角田光代訳『源氏物語 上』が河出書房新社から出ました。私も行き掛り上、林 望訳、大塚ひかり訳など覗いてきましたが、角田訳はほんとにどんどん読み進める感があります。
 さてその解説を池澤夏樹氏がしているのですが、大手出版社が一般向けに出した書籍としては珍しく、武田説が取り上げられています。この仮説が再び世の注目を惹くきっかけになれば良いのですが。

SF映画『Time/タイム』(2012)


(公開時にはTwentieth Century-Foxの映画だったのに、今日YouTubeで発見したNETFLIXの動画には、「この映像の著作権と所有権はNETFLIXにあります」だって。カネにあかせて買い取ったに違いない。アタマに来たので、2016年4月に書いたブログを再度掲載)

アマンダ・セイフライド

無料お試し期間を経て目出度くTSUTAYA定額レンタルの有料会員になり、SF映画のリストを古い方から表示させて、ゾンビ, モンスター系以外を片端から借り出しました。勿論、本筋と無関係な言動をだらだら見せるなど、最初の15分で引き込まれないものは直ちに却下。そうでもしないと、何のために生きてるのか分らなくります。

その甲斐あって遂にぐっと来る映画を発見し、二度見た上に927円の新品DVDを買いました。大きなお目々のヒロイン(アマンダ・セイフライド)をじっくり眺め、相手役の男とお手々つないで逃げるシーンの音楽を、何度も聞きたくなったのです。

バイオテクノロジーで遂に不老不死を実現した未来。しかし... 全ての人間が不老不死を享受しては、あっという間に人口過剰になってしまう。そこで、人口の大多数を占める貧乏人が、なるべく早く死ぬように仕組まれている。

 1)人間は25歳で肉体の成長が止まり、永遠に美貌と体力が維持される。

 2)25歳になった瞬間から一年だけ寿命が与えられる。同時に左腕に埋め込まれたデジタル時計が起動し、残り時間が何分・何秒まで表示される。時計の数字が全て0になると死ぬ。後は本人の才覚次第。と言うのも、

 3)時間が通貨。コーヒー一杯4分、豪華な食事なら8週間、バスに乗るのも一区間1分てな具合で、腕を端末の下にかざすと、寿命の残りから価格分の時間が差し引かれる。労働の報酬も時間で支払われ、その分寿命が伸びる。

 4)二人の人間が腕を重ねると、腕が下にある方の人間から上にある方の人間へと、時間が移動する。合意の上の場合もあれば、強引に時間を吸い取ることも出来る。

さて、地球は貧乏人の住むスラムゾーンと富裕ゾーンに二分され、その間の往来には通行料が掛かって、貧乏人は富裕ゾーンには入り込めない。しかもスラムゾーンでは物価が常に上昇し、税金も上り気味。貧乏人の寿命はどんどん減っていき、その分が富裕層の地区に流れるようになっている。

その結果、スラムゾーンの人間は25歳を超えると、大抵一日か二日の寿命しか持っておらず、毎日あくせく働いては翌日まで命を延ばそうとする。時間が通貨だから、生活するとは正に自分の寿命をすり減らすことなのだ。一方金持は、何百年、何千年という寿命を享受している。現実のアメリカでは実際、貧困層の寿命が中流以上に比べて明らかに短くなっているそうだから、格差社会の行き着く先を象徴しているとも言える。

ある日、スラムゾーンに住む実年齢28歳のウィルが、自殺願望でわざわざスラムゾーンに入り込んだ金持の男を、ギャングの一味から助け出す。逃げ込んだ場所で彼は金持から、スラムゾーンの住人の寿命が吸い上げられ、富裕ゾーンに流れていくシステムの存在を告げられる。そして翌朝目を覚すと、自分の時計には百年余りの時間が入っていた。

そこで、もらった時間で高級ハイヤーを雇い、通行料を何年分も払って富裕ゾーンに入り込む。そこで知り合うのが、システムの元締めとおぼしき大富豪のおてんば娘シルビア(アマンダ・セイフライド)。実年齢27歳だが、日頃から終りの無い人生にぞっとしていて、「いつかバカなことをしてみたい」なんて青年に語る。

初めて見る女優だが、お目々がアニメの少女なみに大きなカワイ子ちゃんで、モデルみたいな脚をしているのがちょいと残念。

映画半ば、ウィルと一緒に時間監視局員に追われて逃げるのだが、顎の高さまでのおかっぱ(ボブと呼ぶそうな)を左右に揺らしながら必死に走る姿が、何度見ても飽きない。更にその時に流れる音楽が、妙に気に入ってしまった。レンタルで二度も見たのに927円でわざわざ買ったのは、この約一分半のシーンのため。取り敢えずご覧下さい:癪だけどNETFLIX予告編

でもNETFLIX独占ではなく、AmazonPrimeVideoでも見られますから、慌ててNETFLIXに加入なさいませぬよう。

追伸その一。ネットで検索すると、Time is money をそのまま映画にしてしまった、などと書いてあるが、私はバルザックの小説『あら皮』(何でも望みを叶える代りに持主の寿命を縮める魔の皮) を思い出しました。

追伸その二。同じくネットでは、シルビアの吹替えをしているAKB48の篠田麻里子が酷評されているが、どうも理解できない。私の印象では、不思議と艶っぽくて潤いのある声で、口調も浮世離れしたお嬢様ののんびりした雰囲気にぴったりです。

24インチiMac購入顛末


その前にロシアとウクライナ:
国境を越えて隣国に攻め込んだのはどっち?
ウクライナ国内の惨状を引き起こしているのはどっち?
答は歴然としているのに、露・ウどちらの肩を持つのも良くないとか、訳の分からないことを言う人がいる。いずれにしても、ウクライナの深刻な状況を前に、こんな話をするのは誠に心苦しいのですが...

21.5インチiMacを購入して丸6年経ったが、手元不如意であるし、壊れるまで使う積りでいた。ところがヨドバシで昨年発売の24インチiMacを見掛けて触っている内に、今のiMacが動いている間に新しいのを買った方が、データの移行その他、何かと便利ではないかと逆の発想が生まれた。困ったもんだ。

記憶容量(ストレージ)は、そのまま買えば256GB。今の時代にニゴロクで足りるわけ無いのに、購入欲求を刺激するべく、OSがかつかつ動く容量にして値段を抑えてあるに違いない... と理性は分析するものの、まんまと罠に嵌ってしまった。

ストレージを1TBにカスタマイズしたいと言ったところ、作業はAppleの工場で行われるので、ヨドバシにモノが来るのは一ヶ月先か二ヶ月先かもっと先か... 神のみぞ知るときた。今更そんなに待たされてもと、(ヨドバシで買えばポイントが付くのに) AppleStoreに注文したのが2月16日で、お届け予定日は3月3日〜7日。中国の工場でカスタマイズしたものを、上海空港から成田に輸送とのこと。子供じゃないんだし、そのくらい待てなくてどうすると自分に言い聞かせる。

ところが輸送を請け負ったDHLが頑張ったらしく、2月22日に到着。

到着したはいいけど、精密機械を安全に輸送するため、梱包の頑丈なこと。その上、

iMac24

こんな形の製品・付属品の凹凸に合わせて大小様々な箱が埋め込んであり、接着剤が強力で小箱一つ外せない。

まだ本体が入っているかと思うほど重くて平らにできない箱、段ボール古紙にも出せないし、390円払って粗大ゴミに出すしかないのかとAppleに捩じ込んだところ、好きな人は箱だけでも嬉しいそうだから上げたら?だって。どうしても廃棄したければ、カッターナイフで切り刻んで可燃物として出せばと。

いつまでもこんなに大きくて重い箱を、かってフランスの首相がウサギ小屋と形容した狭い家の中に置いておくわけにもいかず、明日やろう明後日やろうとうだうだ日を過ごして漸く解体作業を開始。取り掛かったはいいが結局、カッターナイフでちょっと切り込みを入れては、取れそうな小箱を力任せに引っ剥がす仕儀となった。日頃軟弱な生活をしている齢75の筋肉にはかなり無理がきたらしく、翌日夜になって布団の中で体の節々が痛み出し、「遂に新型コロナに感染したか」「治っても脳に後遺症でピアノのお稽古も終りか」などと不吉な想念が渦巻く。夢うつつに瞼に浮かんだシーンでブログ一つ書ける!と思ったのだが... 目覚めてみれば雲散霧消。


ここから先はMacユーザー向けです。

今回の機種ではストレージが全てSSD。HDDに比べて読み書きが速く、再起動なども一瞬というわけにはいかないけど、あっという間だ。

しかし色々楽しむ前に、まず旧iMacからデータを移さなくてはならない。全て外付けHDDにバックアップしてあるから新iMacに繋げば済む筈が、新iMacの背面にあるポートが二つともUSB-typeCときた。AppleではUSBからUSB-typeCへの変換ケーブルが2000円で買えると聞いたのに、ヨドバシに電話して聞いてみると、「外付けHDDが電源をコンセントから取る方式だと、変換ケーブル自体に電源が必要で、そういうケーブルは5000円以上」と、後から考えると完全に勘違いの返事が返ってきた。

そんなに面倒臭いのかと思っている内に、新旧両iMacにデータの移行アシスタントなるアプリが入っているのを思い出した。2台のiMacの間でデータを全て移せるとのこと。るんるん気分で使ってみたところが、最初「あと2時間」と表示された所要時間が朝から昼まで掛かって「あと17時間」と却って増えている。

Appleに電話するとそれはおかしいからキャンセルせよと言うが、キャンセルがまたいつまで経っても完了しない。再びAppleに電話すると、それはおかしいから電源ボタン長押しで強制終了せよときた。

結局、千葉ヨドバシに変換ケーブルを買いに行ったところが、ケーブルと言うより変換ジャックみたいな部品で、バックアップしたデータの移行に何の問題も無かった。電話で問い合わせた際に、変換ケーブル自体に電源が要るなどととちったヨドバシの店員が恨めしい。ちなみに男の声だった。だから女性店員の方が優秀やと前からゆ〜とるやないか(東京医大入試と女性キャスターの立場)。

移行アシスタントで2台のiMac間のデータ移行は簡単、という筈がこれだから、Time Machine とかも信用する気になれない。自分で外付けHDDにファイルをバックアップするローテクの方が、確実に思える。

サウンドについては、ウーファーとツイーター二つずつを含めてスピーカー6個と言うのだが、それが厚さ1.15センチの本体に入っていて、音はディスプレイ下面(ということは幅1.15センチ)に無数に開いている穴から出てくるとのこと。厚さ1.15センチの箱の中でウーファーが下面の穴に向いてる筈は無いし、折角の音質が発揮できまいと思うのだが、実際聴いてみると、旧iMacでブックマークした曲が見違えるような音で聞こえてくる。

画質も24インチのRetinaディスプレイ(4480×2520)で、遂にYouTubeで山岳風景などを4K画像で眺められるようになった。

念のために申しますが、YouTubeではピアノ曲と山岳風景と戦闘機や超音速旅客機、美しい花々や水中を泳ぐ魚などを見ております。えっ? YouTubeではもっと色んなものが見られる? 知らなかったな〜。今度試してみよう。

新型コロナ専門家会議「尾身茂」という国難


なる記事がツイッターで紹介され、是非読みたいと思って検索している内に、同記事を含む新潮文庫『日本の聖域 ザ・コロナ』に至りました (2021年11月刊、月刊誌『選択』編集部編、Kindle版658円)。

第一部 この国ではカネは人命より重い 
国立感染症研究所 
 新型肺炎で機能不全の「利権集団」
新型コロナ専門家会議「尾身茂」という国難
 その提言に世界が「疑問符」
厚労省・結核感染症課 
 「コロナ騒乱」諸悪の根源
PCR検査 
 異常な少なさの全真相
Go To トラベル「補助金」の闇 
 業界団体と結託「謎の企業」大儲け
 ....

第二部 堕落と癒着の連鎖 
竹中平蔵 
 菅政権で栄える「学者政商」
NHK「政治部」 
 「政権広報機関」の哀れな内情
大企業「優遇税制」 
 政財界の癒着が生んだ「税逃れ天国」
 ....

第三部 私利私欲の果てに 
「人工透析」二兆円利権 
 批判許さぬ「亡国の所業」
自衛隊と「選挙」
 自民党「集票マシーン」の実力と内情
古美術品「国外流出」
 中国に吸い込まれる「日本の宝」
 ....


まずは第一部を読みましたが、様々な要素が複雑に絡んで、私にはとても適切な要約が出来ません。幸いノンフィクション作家・柳田邦男氏の解説が最後に付いているので、抜粋します。


第一部では、コロナ禍初期の重大な失敗として、PCR検査体制の立ち遅れを、多角的に取り上げている。
 (中略)
新型の感染症が爆発的拡大に突入するのを防ぐには、国内で一人でも感染者が確認されたら、その人の行動歴からすでに不特定多数の無症状の感染者が広がっており、それらの人々からの二次三次の感染拡大の可能性が高いことを前提に、国や関係機関は万全の対策に取り組むべきである。

だが、最初期の20年1月から3月にかけてのこの国の対応は、その段階で致命的な失敗をする。その失敗とは、PCR検査の対象者を明確な症状のある人と濃厚接触者のみに絞ったことと、多数の人々が密集する場のクラスター防止対策に重点を置くことで、爆発的拡大は防げるという枠組みを作ったことだ。
 (中略)
なぜPCR検査を無症状者にまで広げて、感染拡大の実態把握をしようとしなかったのか。その理由について、厚労省などによる説明では、公的な検査設備と調整役を担う保健所と地方衛生研究所の職員数と検査対応能力に限界があったためとされるが、真実は違っている。

PCR検査は高度な技術と時間を要するものではないことは、一年も経たないうちに認可され普及した市販の検査キットの簡便さを経験すればわかる。検査難民という言葉まで登場した20年春の時点でも、民間の検査会社や医系大学を動員すれば、保健所がPCR検査対象者調整作業でパンク状態になるという事態は充分に回避できたのだ。

しかし厚労省の担当幹部や医療界の感染症分野に影響力のある専門家らは、新型コロナ患者の入院が急増して病院を圧迫するのを避けようと、PCR検査対象者の条件を厳しく線引することで、軽症や無症状の感染者を放置する方針を採ったのだ。その根拠になったのは、既述のように濃厚接触者の検査とクラスター防止対策に取り組めば爆発的感染拡大は防げるという、一部の専門家の誤った見解だった。

さらにもう一つ背景にあったのは、厚労省・結核感染症課、国立感染症研究所、保健所・地方衛生研究所という「公衆衛生ムラ」が、財源と情報を独占したいがために、民間企業の協力を排除する体質があったことだと、本書は様々な事実や数字や人物の発言などを根拠にリアルに告発している。
(抜粋終り)


尾身茂個人については (以下引用):

予算増、ポスト増を要求し続ける「パンデミックムラ」の専門家たちも、彼らが専門家として優れているなら国民は納得するしかない。ところが、実態は「パンデミック対策の専門家とはほど遠い人達」(公衆衛生学教授) なのだ。

そして、その象徴が分科会会長を務める尾身だ。
(中略)
尾身の診療歴は自治医大卒業後の9年間の地方勤務、研究歴は母校の予防生態学教室の3年間の助手勤務だけで、筆頭著者の英文論文は一報しかない。

ファウチは1966年にコーネル大学を首席で卒業後、国立衛生研究所 (NIH) に50年以上にわたって勤務したエイズなど感染症を専門とする医師だ。『ネイチャー』『サイエンス』だけでも過去に46報の論文・論考を発表し、1983〜2002年まで世界の科学誌にもっとも引用された研究者の一人とされている。 (引用終り)

実力に基づく自信のなせる技か、ファウチは大統領の地位にあったトランプと対立することも辞さなかった。尾身は、一貫して検査体制の強化を指示してきた官邸の意向を無視し続け、様々な局面で厚労省を擁護してきた。その具体例は本書に詳しい。

哀愁の調べ...(9)初心者にぴったりの三曲


初心者とは、4年前に思い立って教則本二冊で学んだだけの私のことです:

「ぴあの(6)『メトードローズ』を採用」
「ぴあの(12)『ピアノの練習 ABC』」

それでも、YouTubeで見付けた旋律の綺麗な曲が弾ける... いや正確には、弾けそうなので練習している曲をご紹介。

1)


動画の鍵盤の上から、打つべきキーを示す棒が次から次へと流れてくるTutorialが苦手で、譜面を見せてくれればいいのにといつも思う。

しかしこの曲は、一度耳にしただけで何度も聞き直したくなるほど気に入って、Tutorialもそれ程複雑でない。これなら、左手の和音を全て覚えておいて、譜面台に乗せたiPadに動画を0.5倍速で音無しで流せば、見ながら弾けそう。

そこで、動画を何度も止めては左手の和音を五線譜に書き取った。それから数日、漸く途中で何度かバックしながらも、両手で弾き始めました。

但し、動画の鍵盤に C3, C4 の文字が見え、その通りにすると音程が動画より1オクターブ低いような気がする...

それにしてもこういう曲を聴くと、世の中に美しい旋律が幾ら沢山あっても、まだこんな曲の出現する余地があるのだとつくづく思います。

華麗なオーケストラ付きの歌声がお好きな方には:




2)


余りに陳腐なタイトルで厭になっちゃいますが、それは無視して曲をお聴き下さい。今度は譜面付きで、早速スクリーンショットでコピー (Macの場合、Shift, Command, 4 のキーを同時に押すと、ブラウザのウインドウの中で欲しい部分だけ長方形に切り取れる)。あと少しで0.5倍速くらいで引き通せそう。


3)


既に「瑠璃色の旋律」でご紹介しましたが、改めて。これもスクリーンショットのお陰で譜面を手に入れ、一応完成しました。もっとも上の二曲同様、まだ動画の0.5倍速くらいです。

追伸。1)El triste:
ネット上には「悲しみ」と訳してあるサイトもありますが、El は男性名詞に付く定冠詞、triste は「悲しい」という形容詞だそうですから、文法的には「悲しむ人」ではないか。実際 Wikipedia には "The sad one" としてあります。定冠詞付きですから、それを「悲しみ」と訳してしまうのも、一つの考えですかね...

哀愁の調べ...(5)儚き夢


ロシア風イージーリスニング(「哀愁の調べ わが心を慰む(4)」)に凝っている内に、思いがけない発見です:

 乙女たち...
 
アップテンポで、でもどこか哀しげな曲をバックに、読書や散歩中の可憐な少女たちの絵が流れます:

少女4

少女3

少女2

少女1


何気ない姿を目にした瞬間、ほのかな恋心が芽生えて抑えられなくなる。昔々そういうこともありました...

絵の少女たちを見ていると、ナンパしようなどという気も失せて、ただただ見とれていたくなる。これは言わば片思いの世界。

そう気付いてもまだ眺めていたい。そんな願いが伝わったのか、同じ絵を大きなサイズで見せる動画が出てきました:

 ビデオ・ギャラリー

中でも1番, 3番, 4番と後半の何人か、清楚で気品のある雰囲気には溜息が出てしまう。

そして芥川龍之介『侏儒の言葉』の一節を思い出す:

少女 --- どこまで行っても清冽な浅瀬


そんなんじゃないことは分っているけど、この絵の少女たちを前にすると夢を見ずにはいられない... 一体何故なのか考えていると、絵の仕上って行く様を見せる動画があって、モデル無しで制作しているように見える:

 Emerald Bay

ということは、彼女たちは画家自身の憧れを絵にしたものなのかも。

それに、初めは細部まで綿密に描いてあるように感じたが、筆遣いを見ていると巧みにぼかして、見る者に想像の余地を残しているような気がする。夜目遠目笠の内。そのテクニックには脱帽です。

このブログを読んだ娘たちが「男ってバカね〜」と呟き、こんな雰囲気を狙って化粧や立ち居振舞いを工夫し始めたら... 夢見る少年を待っているのは果して幻滅か、それとも幻滅を突き抜けた先にある真の出会いか、な〜んてね。

追伸その一 私の楽しみ方:

 乙女たち...

の音楽を繰り返し流しながら、

 ビデオ・ギャラリー

を画面一杯のウインドウに表示し、音を消して再生速度0.5で流す。

気持良いですよ。但し、先日ご紹介したブラウザBrave(「YouTubeがCM無しで見られるブラウザ"Brave"」)を使わないと、あちこちにCMが入って悲惨なことになります。

追伸その二 元々は2020年10月の記事ですが、絵を文中に嵌め込むことを覚えたので改めて掲載。

われ常に同じ"女性"を追い求む、故にわれ在り


レベッカ・ファーガソン

レベッカ・ファーガソンを発見:『ミッション・インポシブル ローグネーション』のヒロインです。

三年も前の映画だし、『ミッション・インポシブル』シリーズは欠かさず見た積りだったので、Amazonプライム・ビデオに入っていたのに放っておいた。たまたまテレビで放映されたのを途中から見て、悪役の顔付きその他、全く初めてであることが判明。何よりヒロインに参ってしまった。

結末はもう見たのに、この美女をどうしても最初から眺めたくて、Amazonプライム・ビデオに200円払って見ました。ネット情報によるとスウェーデン出身、1983年生まれだそうで、正に大人の女性の魅力そのもの。時に冷酷、時に優しく、戦闘能力抜群なのも嬉しい。あの大きな瞳を思い出すだけで、彼女のいる世界に吸い込まれて行きそうです。

しかし私がのめり込んでいるのは飽くまで、映画の中の謎めいた凄腕の女諜報員。あのくらい綺麗で気品に溢れていると、インタビューなどに出て来ても確かに魅力的だけど、ちょ〜っと違うんだな。ヒッチコックの『めまい』と、ある意味同じ構図です。
 金持の友人が妻を殺すために仕組んだ陰謀に嵌った「私」は、贅沢な衣装を身に纏い、先祖の亡霊に取り憑かれているかのような振舞いをする彼の妻に、ぞっこん惚れてしまう。実は、しがないデパート店員が件の友人に頼まれて、謎めいた女を演じていたのだ。
 色々あってその妻が死んで数年後、「私」は問題のデパート店員に偶然出くわしてしまう。しかし、演じている内に「私」を愛してしまった女は、今度はありのままの自分で勝負しようとする。顔はそっくりなのに、「私」がかって惚れ込んだ妖艶で謎めいた女にはどうしてもなってくれない...

顧みれば、私の洋風美女好みも進化してきた:

イングリッド・バーグマン

『カサブランカ』のイングリッド・バーグマン


ジリアン・アンダーソン

『Xファイル』の捜査官ジリアン・アンダーソン


コビー・スマルダーズ

『アベンジャーズ』のコビー・スマルダーズ


ブライス・ダラス・ハワード

『ターミネーター4』のブライス・ダラス・ハワード

 (「『ターミネーター4』とタイムトラベル」)
 
そして遂に、レベッカ・ファーガソンに辿り着いた。彼女の魅力を味わい尽した頃には私もさすがに枯れて、その方面の関心も無くなるから、きっと彼女が人生最後の美女でしょう。しかし良くご覧下さい、この5人が私を虜にする魔力は本質的に同じだと思いませんか。われ常に同じ"女性"を追い求む、故にわれ在り。

それにしても、彼女の魅力を味わうために二度も見たお陰で、『ローグネーション』のストーリーの弱さに気付いてしまった。中程度の見せ場を次々と繋いであるだけで、クライマックスに向かう盛り上がりが無い。後に残るのは「あ〜、イイ女を見た!」という感激のみ。

新作『ミッション・インポシブル/フォールアウト』が8月3日に封切になるが、その辺はどうなのか。いずれにしても、彼女が再び同じ役柄で出演と聞いては、Amazonプライム・ビデオに入るまで待っていられない。久し振りに映画館に行って... 見てくる積りでしたが、止めました。『ローグネーション』と『フォールアウト』の予告編を比較・分析したところ、肝腎の彼女の出て来る割合が激減です。『フォールアウト』には悪役の女だのトム・クルーズの妻役だの、女性が二人も増えたから、レベッカ・ファーガソンの登場する割合が減るのも当然。彼女が期待ほど出て来ないなら映画館まで行く意味は無いし、Amazonプライム・ビデオに入れば、恐らく500円程度で48時間の間、何度でも見られる...

このメッセージは5秒後に自動的に消滅... それでは誰にも読んでもらえないので、暫く残します。

追伸その一 お読みになった女性の声が聞こえてくるような気がします:「オトコって駄目ね〜。結局、勝手な幻を追っていて、生身の女を見ようとしないのよね〜」

追伸その二 著作権その他の問題に引っ掛かっていないことを祈っております。万一ご指摘を頂いた時は、直ちに削除します。

追伸その三 元々は三年前の記事ですが、絵を文中に嵌め込むことを覚えたので改めて掲載。

YouTubeをCM無しで見る:Chrome+拡張機能


2020年9月に、

YouTubeがCM無しで見られるブラウザ"Brave"

なる記事を書きましたが、2021年7月になってじゃんじゃんCMが出るようになりました。全てのタイプが出現です:

動画の途中で
バナー広告どころか、大声で「○□△×」と叫ぶ

動画の前に「動画開始まであと*秒」

動画の前に
「広告終了まであと*秒」
と待たせた後で二本目のCMを始め、
5秒のカウントダウンの後に
「広告をスキップ」のボタン
という、忌ま忌ましいにも程があるタイプも。

YouTubeの音楽動画らしいものを片端から開けて、気に入る曲を見付け、それを聴きながらいつかこんな曲も弾けるようになりたいと思ってやっているピアノのお稽古も、何だか空しくなってくる...

YouTubeがBraveの抜け穴を見付けたのか、BraveがYouTubeとこっそりナシを付けたのか分かりませんが、とにかく一切CM無しとは言えなくなりました。

止むを得ず色々検索したところ、

YouTubeで広告ブロックができる7つの方法

という記事が出てきました。書いたのは律義な方らしく、

YouTube Premiumに加入して、CM無しで動画や音楽を楽しむ

という公式発表的な(?)方法も紹介してありますが、月額1,180円。毎月ですよ。1,180円なんて払う気になります? 「千円くらい毎日でも払ってやる」と言いそうな金持ち向けって感じです。

そこで、Googleの手を借りるのは癪だけど、

GoogleのブラウザChromeに
拡張機能AdBlock for YouTubeを追加

という方法を試しております。具体的な作業については上の記事をご覧下さい。

お陰で、再びCM無しの生活が楽しめるようになりました。但し、アプリを再起動すると一日か一日半CMが出て、その時期を過ぎるとCM無しのようです。

YouTubeは、

有無を言わせぬ広告表示
有料で広告無しの動画を見せる

の二つが生命線になっているわけで、そのYouTubeを傘下に持つGoogleがどうして、”AdBlock for YouTube”などという拡張機能を黙認しているのか、些か疑問ではありますが、その分この手法の信頼度は高いと考えることもできる。この辺の考察はご自分でネット検索してみて下さい。

伊ドラマ『La Piovra(マフィア)』


イタリア娘

例の如くYouTubeを散策中、気品と匂い立つような美しさに一目惚れ。ほんとは、この静止画の裏でエンニオ・モリコーネの旋律を女性が歌うのですが、動画の所有者がけちでそのままではブログに埋め込めない。音楽は下の「YouTubeで見る」をクリックしてお聴き下さい:




『La Piovra』はイタリアの連続ドラマ。TSUTAYAでDVDでも借りないと見られないようで、私も見てないが、マフィアに果敢に立ち向かう刑事が主人公らしい。第4シーズンにこの娘が登場。

同シーズンを要約すると思われる動画:



音楽だけで台詞は一切聞こえてこないが、映像を見ればストーリーは一目瞭然。台詞が聞こえない分、却って空想がどんどん膨らむ。


刑務所の独房かと思うような部屋で、やつれ果てた男が回想に耽る。

マフィアの幹部らしいが、パーティ会場で愛想を振りまく娘に一目で心を奪われる。

如何にも裕福で温厚篤実そうな男の誘いに、娘もまんざらではなく、嬉しそうに郊外にドライブに行ったり。

そして、あっという間に結婚式。

でも、教会から出てくる彼女の表情を見ると、内心の呟きが聞こえてくる:

「中年とは言え、まともな顔した裕福な男に見初められて、熱烈に口説かれて、自分の方は心がときめく程ではないけれど、女にとってはこれが恋愛なのよ。小説に出てくる身を焦がすような恋なんて、現実には無いのよ」

初夜らしきシーン。男はまだ背広を着たままなのに、女が「男にとって結婚て、女を抱くことなんでしょう?」と言わんばかりに、スリップ一枚になってみせる。

さて何ヶ月か経って、女は別の男と熱烈な恋に落ちる。カフェで抱きあう様が、夫の時とは全然違う。

この関係は間もなく夫の知るところとなり、相手の男がマフィアに挑む刑事であることを知って激怒する。

妻を問い詰めてみれば、「本物の恋に出会ったの。一度しかない人生に、不倫が何よ!」てな具合に反撃される。

夫は我を忘れて愛する女の首を絞めてしまう...



最後に、彼女の顔をもっと見たくなってしまった読者に、上の回想動画より魅力的な表情が見られる動画 (音を消して絵だけご覧になることをお勧めします):



追伸 Wikipedia "La piovra" にシーズン4の解説があります:

Tano's (マフィアの幹部) machinations reach their peak as he strategically marries Ester Rasi (娘), daughter of powerful insurance company president Filippo Rasi, and after realizing that she is actually helping the police, kills her.

マフィアの中年男は、彼女が大手保険会社会長の娘と知って、政略結婚したと。本文に書いたストーリーは、彼女に一目惚れした私の気持を投影し過ぎたのでしょうか。でも回想動画を見たら、誰だって私のストーリーが思い浮かぶに違いありません。

ぴあの(16)ハイフィンガー奏法vs重力奏法


第二関節を曲げて、その先を鍵盤に垂直に当てている動画を見てびっくり仰天:

1日5分で10倍上手くなる指エクササイズ!!

と言うのも、『メトードローズ』『ピアノの練習 ABC』と独学でお稽古してきた経験からは、想像もできない指の形です。驚愕から立ち直り、手や指の形をキーワードに検索したところ、神戸大学の博士論文が出てきました:

ハイフィンガー奏法による日本のピアノ教育の系譜 : 明治末期から井口基成の時代まで

論文によればハイフィンガー奏法とは、ピアニスト中村紘子が著書『チャイコアスキー・コンクール』の中で初めて概念化したもので、日本で従来おこなわれてきたピアノ奏法を指す。彼女は、この奏法がもたらす数々の問題(弊害)に注意を促した最初の人物でもある。ちなみに、自身もこの奏法による典型的な教育を受けて育ったが、後にジュリアード音楽院でそれを徹底的に矯正されたという。論文を引用すると:

「中村紘子の説明によればハイフインガー奏法とは、

 1. 手首を低めに保ち
 2. 指先を曲げ
 3. それをそのまま鍵盤から離れた高い位置に持ち上げ
 4. ほぽ直角に近い角度で鍵盤の底まで打ち下ろす

のである。「専ら指先の力だけで鍵盤を強く打つ」もので、現代の一流ピアニストが皆、「指先で打つ」力ではなく、むしろ「上半身の重さを鍵盤にかける」ように肩から腕を使いながら弾いている(管理者注:重力奏法)のと対照的である。しかし日本では、非常に多くのピアノ学生がこの奏法で弾いており、ハイフィンガー奏法は日本人がピアノを弾く時の典型的な「型」ですらあると言える」(引用終り)

冒頭に紹介した動画の弾き方は正に、ハイフィンガー奏法だったのです。正直なところ最初は、ハイフィンガー奏法vs重力奏法なんて上級以上の雲の上の人達の話と感じたのですが、仮に冒頭の動画が正しい弾き方となれば、初心者の私にも関わる問題と受け止めざるを得ない。必死になって調べた次第。


論文では中村紘子による概念規定を元に、

ハイフィンガー奏法vs重力奏法
「井口vs安川」という二大派閥
欧米では100年前から重力奏法が一般的なのに、日本は何故逆なのか

などについて詳述してあるが、「おわりに」(p.113〜)に全体が要約されているので、抜粋しつつご紹介(読み易いように、適宜改行を施した)。


日本がピアノ教育を開始した当初、ヨーロッパから受け入れたのは、当時かの地で広く実践されていた指奏法であった。ヨーロッパではこの指奏法は、 既に十九世紀末に時代遅れとなりつつあったが、当時の日本の洋楽界がいまだ手探りの時期であったことを考えれば、ヨーロッパの最新の理論(重力奏法)がリアルタイムで輸入されなかったのは、むしろ当然であっただろう。第一章で述べたように、当時のヨーロッパにおいても、新奏法を理論的に教えていたピアノ教師は僅かであった。

しかしながらいかにも奇異に見えるのは、その後軌道修正の機会が何度もあったにもかかわらず、この古い奏法が日本においてこれだけ長い間温存され、しかも時代が下るにつれてますます極端化されていった面すらあると思えることである。つまり「指を高く上げて叩くこと」(ハイフィンガー奏法)が強調されるようになるのは、明治から大正にかけてのピアノ教育の黎明期ではなく、むしろ昭和に入る頃からなのである。

そして戦後になってもなお、時代に逆行するかのように、このハイフィンガー奏法による教育にはさらに拍車がかかり、「指を鍛える」のスローガンのもと、多くのピアノ学生がその「修練」に励んだのであった。

第一の理由として考えられるのは、「師匠の型を守る」という日本の伝統芸能の伝承形態との関係である。本論文の第四章でも述べたように、日本のピアノ教育においてはしばしば、弟子は自己のアイデアを打ち出すことを禁じられ、あくまで師匠の型を模倣することに専念する(させられる)のである。

そしてこのような絶対服従の師弟関係に慣れ親しんだ弟子は、常に師匠からの指示を待つ受身の状態が染み付いてしまい、一向に能動的な表現や工夫が出来ない状況へと陥る(筆者もそうした経験を持つ)。かくして、師匠から受け継がれた「型(この場合はハイフインガー奏法)」は、たとえ「悪しき旧式の伝統」であっても更新(あるいは批判)されることはなく、忠実に継承されていったのではあるまいか?

第二に、上の「型の継承」と関連して、ハイフィンガー奏法が「型」として実に機能しやすいという点も見逃せまい。手首を国定させ(=固定しさえすれば後はそれについて考えなくともよい)、ただ指を垂直に上下させる(=余計なことは考えずに一心不乱にそれに励めばよい)というハイフィンガー奏法の単純運動は、きわめてマニュアル化しやすい。 つまり「型」として弟子へ伝授することが容易なのである。

それにひきかえ手首や肘を固定させない重力奏法は、絶えず音楽の流れに応じて流動的にそれらを動かすことを要求する、いわば「型がない」奏法である。「マニュアル」で教える教師たちにとっては、 ハイフィンガー奏法は非常に都合がよい代物なのである。

第三に、「技術至上主義J ということも看過できない問題である 。第四章で筆者は、井口流の「根性主義ピアノ奏法/教育」の非合理的な側面を示唆した。しかしながらハイフインガー奏法は、ある面ではきわめて「合理的な」奏法であったかもしれないのである。

まず重力奏法を考えてみよう。指を自然に伸ばし、手首や腕を柔軟にして弾くやり方は、美しい音色で歌うことを可能にしはするが、「ミスなく弾く」という点では不利である。つまり手首を固定しないために、音色やフレージングといった音楽性は広がるものの、手首の支点を失うことで指は鍵盤を外しやすくなり、ミスのない演奏の確率は低くなるのである。

それに対して、手首を低く構えて固定し、狙いを定めて指を打ち下ろすハイフィ ンガー奏法は、立ち上がりの早い明瞭な音で、速いパッセージをミスなく弾くという点にかけては、明らかに重力奏法より勝っている。なぜなら手首(=支点)を固定させた上で、 指を上から下への垂直運動に限定して打鍵した場合、その「命中率」は先の重力奏法に比べ断然高くなるからである。

「音楽性 」とはあまり関係のない部分ではあるが、「バリパリ弾く(弾いているように聴かせる)」という点で、ハイフィンガー奏法はきわめて合目的的なのである。そして井口をはじめハイフインガー奏法を推進した人々は、教育の基礎段階において「柔軟な音楽表現」の領域を完全に切り捨て、一目瞭然で万人に分かる「(狭い意味での)技術」の部分にだけ絞って徹底的な訓練を施したという点で、究極の合理主義者であったのかもしれないのである。技術万能主義という点で、極めて戦後日本的な現象だったとも言えようか。

とりわけ技術習得という点で特徴的なのは、日本のピアノ教育における「練習曲」の偏愛である。井口基成が必須課題としたハノンと並んで、日本のピアノ学生が必ず与えられる練習素材が、ツェルニーである(例えば筆者は、そのツェルニーの練習曲に足掛け10年お世話になった)。

(中略)

このようにみてくると、「技術か音楽か」という点において、日本近代のピアノ教育は堂々巡りを繰り返してきたように思える。「音楽」こそが最終目的であることは分かっている。しかしピアノという楽器はあまりに難しく、パルナッソスの山へ至る道は険しい。従って「音楽を楽しむ」ためには、音楽を一旦後回しにして、まずは手っ取り早く技術だけを先に習得させてしまおうとする一種の倒錯が起きる。そして技術至上主義への批判が出てきても結局は、「しかし難曲を弾きこなすにはまずは技術だ」という最初の出発点に議論が戻ってしまうのである。

こうした悪循環にピリオドを打つために必要なのは、十人の生徒を十人ともコンサート・ピアニストに仕立てようとするのではなく、余裕をもって弾ける技術の範囲内でもっと音を味わい、もっと音楽を考え、そして楽しむ教育を模索することではないだろうか。

そしてまた、本論文で述べたようなピアノ奏法の歴史についての教養を教師自らが持つことも、これからのピアノ教育にとってきわめて重要であると思われる。ピアノ音楽史を「ピアノ奏法史」(ピアノの奏法の変遷の歴史)という視点から眺めることは、ある楽曲を弾く際の適切な身体の使い方(=演奏様式)を理解するうえで、非常に役に立つに違いない。

また、今なお日本で温存されているハイフインガー奏法について、 それが編み出された経緯、そしてヨーロッパではそれが既に100年も前に廃れたという事実を正しく認識することも、ピアノ教育の急務であろう。「技術の歴史への洞察」が「技術至上主義」を克服するための一つの鍵になるように思うのである。

ワクチン調達失敗したのでは:森永卓郎の疑問


消えたワクチン
森永卓郎・経済アナリスト、独協大学教授
『毎日』2021年7月21日付けの記事をコピーします。

ワクチン接種に急ブレーキがかかっている。職域接種の新規申請が停止されただけでなく、自治体が準備した大規模接種会場が休廃止に追い込まれ、すでに予約した個別接種をキャンセルする病院まで現れた。ワクチン供給が追い付かなくなっているからだ。
 
河野太郎行政改革担当大臣によると、7月以降のワクチン供給が減り、供給可能量の3倍程度の要請が自治体から寄せられていて、自治体への配分を絞らざるを得ない状況だという。実際、ワクチンの配分を大幅に抑制された自治体からは、接種計画を大幅に見直す必要が出てきていると悲鳴が上がっている。

しかし、政府はワクチン接種が今後は計画通りに進むと強調している。7月8日の会見で菅義偉総理は、「9月までに希望される全ての国民に接種が可能となる2億2000万回分の十分な量が確保されている。速やかに接種に万全を尽くす」と語り、ワクチンによる新型コロナの収束に向けた自信をみせた。
 
しかし、本当にこの言葉を真に受けてよいのか、私は大きな疑問を抱いている。元々の政府の説明では、ファイザー社製のワクチンは6月末までに1億回分、さらに9月末までに7000万回分が供給されることになっていた。一方、モデルナ社製のワクチンは6月末までに4000万回分、さらに9月末までに1000万回分が供給されることになっていた。つまり、菅総理の9月までに2億2000万回分のワクチン供給というのは、当初計画通りの数字だ。
 
ところが、7月8日の会見で菅総理はファイザー社製のワクチンについて、「全国の自治体には先月(6月)までに9000万回のファイザー社のワクチンが人口に応じて配分されている。そのうち4000万回分が使用されずに、在庫となっていると見込まれる」と語っている。いつの間にか、1億回分調達できているはずのワクチンが9000万回分に減っているのだ。そして4000万回分が自治体の在庫となっているという見立てにも疑問を持たざるを得ない。政府は6月末までにワクチンを保管するためにマイナス75度に保つことができる「ディープフリーザー」(極低温の冷凍庫)を1万台配る予定としていた。仮にそれが達成されていたとしても、1台のディープフリーザーで保管できるワクチンは1万2000回分だ。仮に10%の自治体がフリーザー満杯までワクチンをため込んでいたとしても、1200万回分にしかならない。4000万回分ものワクチンがため込まれているとすれば、なぜワクチン不足に悲鳴を上げている自治体がこうも多いのだろうか。
 
モデルナ社製のワクチンの場合は、もっとひどい。河野大臣は7月6日の記者会見で、モデルナ社製ワクチンについて、6月末までの供給量が4000万回分としていた当初契約より、大幅に少ない1370万回分だったと述べた。契約の3分の1しか納入されなかったのだ。しかも河野氏は、供給が減ることを知った時期について、「正確には覚えていないが、ゴールデンウイーク前くらいじゃないか」と答えた。つまり、2カ月間も国民に対してウソをついていたことになる(管理人注:つまり都議選終了直後まで)。
 
河野大臣は7月12日にテレビ朝日の番組に出演して、モデルナ社製のワクチンの6月末までの調達が、当初の4000万回から1370万回に減った理由として、欧州連合(EU)との輸出交渉の際に、ファイザー社製を確実に輸入することを条件に、モデルナ社製の供給の先送りについて承諾したことを明らかにしている。
 
世界的需要拡大のなかで、供給量を3分の1に絞ることを承諾してしまうのは、外交能力を疑わざるを得ない事態だが、もうひとつ大きな疑問は、ファイザー社製のワクチンが予定通り入っているのであれば、なぜファイザー社製のワクチンを使用している自治体への供給を絞らないといけないのかということだ。

半分以下の接種回数
もう一度当初の計画を振り返っておこう。厚生労働省の計画は、まず医療従事者500万人に接種(先行接種分を含む)し、その後高齢者3600万人に接種するというものだった。合計で4100万人、接種回数は8200万回ということになる。もちろんすべての高齢者がワクチン接種をするわけではないが、仮にすべての高齢者がワクチン接種をしたとしても、8200万回分のワクチンがあれば、十分足りることになる。菅総理の説明だと医療従事者と高齢者に接種されるファイザー社製ワクチンは6月末までに9000万回あるのだから、十分接種を終えられたはずだ。しかし、医療従事者への接種は、ほぼ終了したとみられる一方で、高齢者へのファイザー社製ワクチンの接種回数は6月末現在3438万回で、高齢者全員に接種するときに必要となる7200万回の48%と、半分以下なのだ。
 
また国民全体でみても、6月末までの接種回数は4881万回と、政府が主張する供給量(ファイザー社製9000万回、モデルナ社製1370万回の合計1億370万回)の47%と、これも半分に満たないのだ。

こうした状況を考えると、実際に日本に入ってきたワクチンは、政府の主張より相当少ないという疑いを持たざるをえない。政府がワクチン調達の契約に失敗して、予定よりもずっと少ないワクチンしか日本に入ってきていないのではないだろうか。
 
もしそうだとしたら大問題だ。政府は、これまで「ワクチンがゲームチェンジャーになる」と繰り返し主張し、ワクチン接種の進展を前提にオリンピックの開催を準備してきたからだ。もしワクチン供給が予定の半分程度しかないことが分かっていたら、オリンピックは中止する以外に選択肢がなかったのではないか。
 
私の主張は荒唐無稽にみえるかもしれない。しかし、政府はワクチンの供給量をきちんと公表していない。しかも契約先との秘密を守る必要があるとして、ワクチン調達の契約書そのものも公開していないのだ。
 
先進国のなかで、なぜ日本だけがワクチンの調達に失敗したのか。なぜ政府は国民にそのことを隠してきたのか。野党とメディアはそのことを徹底追及すべきだろう。
(注)ワクチン接種回数は原稿執筆時点のもの

植物をスマホで撮ると名前が分る


警告!

以下にご紹介するアプリは、AppStore で100件ほどコメントが付いており、その9割以上が「騙された」「詐欺まがいだ」「詐欺だ」というものです:

 「一週間の無料お試し期間に使ってみる積りでダウンロードしたが、知らない内にサブスクリプションしたことになっていて、年会費2900円を請求された」
 「お試し期間の最後に解約する積りだったが、解約の仕方がどうしても分らなかった」
 「気付かないようにサブスクリプションの方に誘導する仕掛けになっている」
等々。

こんなアプリがあると教えてくれたのは家内ですが、私は路傍の花でも何でも、綺麗だと思ったらその場で鑑賞すれば充分、名前など知る必要は無いと考えておりました。
 
早い話が、街でどんなに綺麗な女性を見掛けても、一々名前を聞いたりしないじゃん... もっとも、通勤電車で毎日見掛ける女性となると名前も知りたくなりますが、当方 妻と猫のいる身で、知ったところで何もできないのが世間のルール。

従って、お試し期間の一日前くらいに解約する積りでしたが、使っている内に面白くなって、まあ一年分くらい払ってもいいかという気になりました。

以上、充分に警告申し上げましたので、それでもお試しになって問題が起きた際は、開発元に怒鳴り込んで下さい。


というわけで、

 PictureThis

舶来のアプリが日本語化されているようです。アプリ内にカメラのシャッターボタンがあり、植物を撮影すると名前を教えてくれてちょ〜便利です。撮った写真からどうやって名前に辿り着くのか、些か不思議であります。

花の咲く植物でも葉っぱを写真に撮るだけで、或いは樹木の幹を撮るだけで名前が分り、学名、別名、水やりの回数などなど、様々な情報が出てきます。もっとも、ベランダの植木鉢と地面に植えてある場合とでは、水やりの必要など差があるかも知れませんし、そもそも答が必ず正しいという保証もありません。変だと思ったら要チェックです。

上に申した通り、綺麗だと思ったらその場で鑑賞すればいい、別に名前を知らなくてもと思っていたのですが、いざ使い始めると、手当り次第に撮っては名前が出てくるのが面白い。

ほんとの雑草まで名前を知ったところで覚えられるわけじゃなし、切りが無いのですが、「えっ? これが折鶴蘭なの?」と、良く聞く名前なのにどんな花か知らなかったものに偶然当ることもある。

一年後には私も、「一年でサブスクリプションを止める積りだったのに、二年目まで払わされた〜」と騒ぐかも知れませんが、今のところの不満は日本語名に時々問題があることです。例えば、普通「乙女椿」と言われているものが単に「椿」となっている。

また知り合いの女性がメールで、「アマリリスが咲いた」と知らせてくれたのですが、どんな花か分らずこのアプリにアマリリスと入力したところ、「この名前に一致する植物は見つかりませんでした」ときた。家内も名前を聞いただけで知ってるし、そんな筈は無いと、

 「季節の花 300

で調べたところ、ちゃんと写真が出てきた。そこでその写真をこのアプリで撮影したところ、「ホンアマリリス」ときた。ふざけてますよね。「アマリリス」と入力したら、類似名の植物として「ホンアマリリス」を出さなきゃウソでしょう。その上、「ほんあまりりす」でも同じ答なんです。そう言ってAppStoreでコメントを書いたのですが、開発元の回答を探そうとしたら、冒頭にご紹介したクレームのコメントばかり出てきた、というわけです。

エアバス社のzero emission機


旅客機市場でボーイングと張り合う欧州メーカー エアバスが、2035年就航予定で3種類の zero emission 機を開発中で、その内の一つがことの他気に入りました:

ゼロエミッション

動画
(2分50秒から。以下の動画と同じく、音を消して絵だけでも楽しめます)

Blended Wingデザインの水素飛行機だそうです。

2035年まで生きていられるか神のみぞ知るですが、こういう航空機のデザインを見ていると、機体のラインが何とも言えず、時間の経つのも忘れてしまう。美女のミニスカート姿を眺めるより飽きない。我ながら、実に怪しからん話であります。

YouTubeで鑑賞していると、ついでにどうですかと、開発中の超音速旅客機や第6世代と称する戦闘機の動画も出てきます。戦争など望んでいやしませんが、やっぱり戦闘機のカッコいいデザインには勝てない:

超音速旅客機7選
超音速機

第6世代戦闘機
驚くことに Defence Squad というインドの YouTube チャンネル。色々漁った中でこれが一番、戦闘機のデザインに集中した紹介になっています。

こんなものの開発・生産に膨大な金を注ぎ込み、国防を理由にCO2の排出量などお構いなし。誠に良くないこととは知りつつ、機能美だけではない大胆なデザインに、ついつい見とれてしまう。

我ながら怪しからんと思うのですが、映画『インデペンデンス・デイ』がいつ現実となり、宇宙人が有無を言わさず攻めてくるか分らない。その時に備えて戦闘機の開発も必要かな...などと心の中で弁解する。

ぴあの(15)バッハ:論理的構築の奏でる叙情の調べ


辛い練習の日々(笑)を支えてくれる、バッハのピアノ曲。連載の最後に、前半が特に素敵とか、後半に綺麗な旋律の流れてくる曲、などなどたっぷりご紹介します (以下の曲を見付けた経緯については「ぴあの(8)バッハに開眼:叙情の調べ七選」をご覧下さい)。

長らくご愛読有難うございました。連載は題名を「哀愁の調べ わが心を慰む」と改め、(16) 以降、続いております。


BWV783 Invention no.12

BWV791 Sinfonia no.5
 
BWV793 Sinfonia no.7

BWV825 Partita no.1

BWV826 Partita No.2

BWV857 平均律クラヴィーア曲集第一巻 No. 12

BWV875 平均律クラヴィーア曲集第二巻 No.6 Prelude and Fugue

BWV882 平均律クラヴィーア曲集第二巻 No. 13 Prelude & Fugue

BWV920 Fantasia

BWV923 Prelude
 2分54秒まで。残りはBWV951。

BWV928 Prelude

BWV941 Prelude

BWV944 Fantasia & Fugue

BWV998 Prelude, Fugue & Allegro

BWV1080 フーガの技法 Contrapunctus XIII
 1時間05分03秒から09分44秒まで。
 そこだけ聴くなど異端だと磯山雅に言われそう... (追伸その四)


追伸その一 余りに有名で誰でも聞いたことがありそうなものは割愛しました。

追伸その二 次の動画にも綺麗な旋律が沢山入っています。8曲の内6つがヴィヴァルディ、マルチェッロ等の編曲です:

Concertos Italiens  

各曲の区切りが分らず苦労したので、余計なお世話ですが大体のところを記します:

1. BWV596 Sicilienne du Concerto D minor
  (2分25秒)
2. BWV975 Concerto G minor
  (11分30秒)
3. BWV590 Aria de la Pastorale C minor
  (14分08秒)
4. BWV971 Concerto italien F major
  (26分25秒)
5. BWV974 Concerto D minor
  (36分33秒)
6. BWV981 Concerto C minor
  (46分53秒)
7. BWV973 Concerto G major
  (53分54秒)
8. BWV979 Andante du Concerto B minor

追伸その三 オルガン曲のピアノ・バージョンにも魅力的なものが沢山あるが、特にリストのが素晴しい。

BWV542 〜 548

追伸その四 そこだけ聴くなど異端だと磯山雅に言われそう... と言うのも、彼の『バッハ = 魂のエヴァンゲリスト』をそれなりの尊敬をもって読んでいたところ、次のような文言に突き当って我が目を疑いました (第X章 数学的秩序の探求、「《フーガの技法》」の最後から二番目のパラグラフ):

「ひとつの簡単なテーマからいかに多くの対位法的可能性が開示され得るかを体系的に探求しているという点において、《フーガの技法》は、バッハの晩年の作品に共通する問題意識を、極限までつきつめている。生涯にわたってバッハの関心を惹き続けてきた音楽の法則、数学的な論理が、その厳しさもそのままに、いま具体的な作品となって結晶したかのようである。この作品は、そうした本質への洞察を抜きにして感動できるものでも、するべきものでもないと思う...」

と断言しているのです。

「そうした本質への洞察があった方がより深く鑑賞できる、得られる喜びも大きくなる」

なら分りますが、

「それだけの勉強をしてない者には感動できまい、いや感動してはいけないのだ」

って何? そりゃ〜私は、BWV1080の中で Contrapunctus XIII しか美しい旋律だと感じられませんよ。それで何が悪い! 素人が単純に綺麗な旋律だと感動することを排除するかの如き文言は、著者の思い上りではないでしょうか。

追伸その五 連載の(1)に書いたことですが、改めて申し上げます。
 この連載では何度もYouTubeの動画をご紹介することになりますが、その度にCMを見させられるのはさぞお腹立ちでございましょう。私も最初はここに悪態の限りを並べましたが、暫く前にYouTubeを一切CM無しで見せてくれるブラウザ "Brave" が見付かり、それ以来YouTubeを悪く言うのを止めることにしました。
 何と言っても、バッハにせよイージーリスニングにせよ、一々CDを買わずに色々なものが聞けるのはYouTubeサマのお陰です。CMがお厭な方はBraveをお使いになれば宜しい:

YouTubeがCM無しで見られるブラウザ"Brave"

使い始めてもう一年近くなりますが、変なことはされておりません。私などは、何か素敵な曲が見付からないかと動画を片端から開けるものですから、Braveは正に天の助けです。

ぴあの(14)三冊目の教則本


というわけで、やっぱり何か続きの教則本が欲しい。

実は探すまでもなく、安川加寿子センセイが『ピアノの練習 ABC』の冒頭に、「次は『ラジリテ』よ」と書いてくれてある (L’Agilité 敏捷さの意)。著者は『ピアノの練習 ABC』と同じル・クーペ。

しかし『ピアノレッスンのヒント』に、

『ラジリテ』は『ツェルニー30番』と一部重なる、
『ツェルニー30番』はお楽しみのピアノには必要無し、

と書いてあるんですね〜。これを読んで私は、小学生の頃から親に注意されていた早合点の癖が出て、『ラジリテ』はやらなくていいんだと思い込みました。実際、覗いてみても音階練習が基本でポイントは速度らしいけど、とても出せないレベルです。

さりとて、教則本として練習したのは

 『メトードローズ』
 『ピアノの練習 ABC』

の二冊だけ、というのも如何にも寒々しい。

あれこれ悩んでいる内に、『ラジリテ』が『ツェルニー30番』に一部重なるとしても、ほんの一部なのかも知れない... とやっと気付いて、参考までに手元に置くことにした。買えば当然、最初の二曲くらいは手を付ける。すると意外や意外、半年前には単なる音階練習にしか見えなかったのに、『ピアノの練習 ABC』と同じ作者とは思えない音楽性が感じられる。

これで今後の戦略 (笑) は決まりました:『ピアノの練習 ABC』の復習及びキャサリン・ロリンの曲と並行して、ぼちりぼちり『ラジリテ』をやる...

な〜んて宣言すると、声が聞こえてきそうです:

『ラジリテ』相手に指定速度の半分も行かない練習して意味あんの?

その通りなんですよね。でも、今更 別系統の教則本で苦労する気にはなれないし、70歳で始めて指が速くしなやかに動くようになるには、とにかく毎日弾いて一年、二年、... と時の経つのを待つしかないのではないか。


思い返せば私がブログを始めたのは2008年。丁度10年目にこんな成り行きになったのは、正に運命としか言いようがありません。だって、

1)私がブログを始めていなければ、
2)浅見光彦シリーズ第50作『貴賓室の怪人』に流れた曲を記事にすることも無く (キャサリン-ジェンキンス "La Califfa")、
3)それが南戸麻亜さんの目に留まることも無く (連載 (1))、
4)映画『プロフェッショナル』主題曲の譜面などもらえず (連載 (1))、
5)右手の旋律あってこそ左手の魅力も生きる... (連載 (2))などと悟ることも無かった。 

そういう意味では、そもそも1980年にフランスに留学して日本未公開の『プロフェッショナル』を見ていなければ... ということになり、留学の準備を始めて以来、40年に亘る偶然と必然の戯れを感じるわけであります。
 
追伸その一 初級の仲間入りをしたのかどうかさえ定かでない私も、一つだけ胸を張って言えることがある。最初の頃は五線を一本一本数えて、一々ドレミファ...と読んで、やっと打つべきキーに辿り着く有様だった。それが漸く、真中のドを起点に上下二オクターブは、譜面の音符から直接鍵盤に行けるようになりました。
 でも困ったことに、♯や♭が一つ二つ付いただけで、譜面を見ただけではどんな旋律なのか全く分らない。

追伸その二 それにしても、南戸麻亜さんのアドバイス付き独習にしてほんとに良かった。レッスンなど受けていたら、一年に幾ら払うことになったか分りません。もっと深刻なことには、「年寄りの楽しみだから」と幾ら説明しても中々前に進ませてくれず、『ABC』はおろか『メトードローズ』が終る前に、あの世からお迎えが来てしまったかも知れません。

追伸その三 万一期待なさっているといけませんので申しますが、成果の程をYouTubeで見たいと仰ってもできません。連載 (7)の4) で、「音は合ってるけど、音楽には聞こえない」と言われるに違いないと書いたのが、謙遜ではなく事実なのがバレてしまいます。
 それに、YouTubeを始めとする様々なサービスを片端から買収して、「何をするにもGoogleを経由せざるを得なくする」という同社の戦略に反発して、アカウントを捨てましたので (「さらば Androidスマホ、さらば Google...」)、お見せしたくても投稿できないのです。

追伸その四 読者の皆様に誤解の生じないよう、気を付けて作文してきた積りですが、何分素人のこと故、アドバイスにしても事実の記述にしても誤りを免れぬと思います。信ずるも信じないもご自分の判断でお願いします。

ぴあの(13)『ピアノの叙情詩』


2018年7月、フランスから『メトードローズ ピアノの二年生』を取り寄せて、「こりゃ〜まずった」と思いました (連載の (11))。動揺を鎮めるべく『ピアノレッスンのヒント』に行ったところ、項目「楽曲と教材」に「大人の女性に人気」との触れ込みで、

 キャサリン・ロリン『ピアノの叙情詩』
 
が紹介されているのを発見。初・中級向けとのことで、YouTube で聴いてみるとどれも旋律が美しい。例えば、

 悲歌
 
クラシックではないけれど、ポピュラーというよりは端正な感じ。些か甘ったるい気もするが、私ってひょっとして少女趣味なのか知らん... 16曲で1080円なので、弾けるのは一年後と知りつつ買ってしまいました。

その後、彼女の曲をYouTubeで片端から聞いている内に、『ピアノの叙情詩』以外にも綺麗な曲が色々あることが分りました。引き込まれるように何度も聞いてしまった曲を、もう二つご紹介すると、

 Moonlight Nocturne
 
凄く気に入ってしかもほんとに弾けそうな初めての曲で、何とか... 弾けるところまできました。譜面はネットサイト:AlfredMusic
で購入。試聴も出来ます。

更に、

 プレリュード ト短調
 
音質も演奏も素晴しいとは言えないけれど、如何にも賢こそうな可愛らしいお嬢ちゃんが弾いていて、ご紹介せずにはいられない。仕草に微かに婀娜っぽさがあるが、真面目に努力してきたんだと感じさせられる。高校生の頃にこんな少女を見たら、恋してしまったに違いありません。
 事実その頃、隣家に綺麗なお嬢さんがピアノのレッスンに来ていて、行き帰りの姿を眼にして密かに憧れておりました.....
 .......................................................
 .......................................................

何の話でしたっけ? そうそう、同じ曲で音質の良い動画としては:

 プレリュード ト短調

2018年7月『メトードローズ』を終了した頃見付けて、「これ弾きたい!」と入っている本をすぐ買いました:

 『キャサリン・ロリン
 ピアノ de プレリュード』

「ビギナーから楽しめる14の小品」と謳ってあるのですが、件の曲を試したところ (Book 2 の1)、お嬢ちゃんの動画で40秒以降が、譜面を見ただけで「あっこれは無理」。

2019年2月『ABC』終了後にもう一度アタックしたところ、譜面通りに指を動かすことはできるが、例の40秒以降が動画のような感じに聞こえてこない。どうやら今の二倍くらい速く弾かないと駄目らしい。ぐずぐずしてたら、あのお嬢ちゃんに彼氏ができちゃうのに...

ともかくこの曲は、いつになったらそれらしく弾けるのか全く展望が開けないので、当面は「悲歌」と「Moonlight ...」の安定した演奏 (笑) を目指しつつ、『ABC』の復習を続ける (連載の (12) 最後のパラグラフ)...

と書いてはみたけれど、そんなんで私のピアノ人生はどうなるの?

五輪に医療従事者を一万人動員?


五輪では選手に加えて関係者とやらが大勢やってきて、海外からの入国者は合計数万人に上るそうだ。

それに対処するべく組織委員会は、大会期間中 延べ一万人程度の医療従事者を駆り出す積りでいる。

しかし連日のニュースを見聞きしていると、既に新型コロナ患者への対応さえ思うに任せず、それ以外の患者についても、手術を延期するなど様々な影響が出ているとのことだ。つまり、既に医療従事者は不足している。

7月までにワクチンの効果で感染者が劇的に減るなんて誰も予想していないばかりか、ワクチン接種のためにも医療従事者を割かねばならない。そんな状況でどうして、五輪のために医療従事者を一万人も駆り出すなんてことが許されるのか。

新型コロナによる死者数は既に一万人を超え、一日当り100人を超える日もある。変異ウイルスの広がりで更に増える一方だろう。五輪開催に一万人も医療従事者を動員したら、通常医療の患者と合わせた死者数が、動員しない場合に比べて、何百人も多くなるのではないか。そういうシミュレーションは日本医師会や東京都医師会ならお手のものだろう。それを元に日本医師会は、

五輪のために○○○人も見殺しになどできない、だから医療従事者一万人の動員には協力しない

と、どうしてはっきり言ってやらないのか。マスコミもどうして、そういうデータを大々的に報道して、

○○○人もの患者を見殺しにして、五輪開催を強行するのか?

と政府・東京都と組織委員会に迫らないのか。

そういう風に考えると、答は一つ。結局、

アイツが、あの組織が、オリンピックを潰した

と言われるのが恐ろしいのではないか。五輪の呪縛恐るべし。

しかし、中止または延期を望む国民は7割という世論調査の結果も出ているのだから、「あの人物が、あの組織がオリンピックを中止に追い込み、大勢の患者を救ってくれた」と、感謝される方を選んでもいいではないか。

追伸 ことのついでに書きますが、新型コロナ感染拡大の抑制策に話が及ぶと、必ず誰かが「日本の憲法では私権の制限ができないので強い措置が取れない云々」といった発言をする。しかし成田空港建設の際には、公共工事を理由とした土地の強制収用を行い、反対運動も最後は機動隊で抑え込んだ。あれは私権の制限ではなかったのか知らん。私権制限ができないというのは、そのために補償などの財政支出が発生するのを嫌がる財務省の考え出した理屈ではないか、という気がするのですが...

ぴあの(12)『ピアノの練習 ABC』


練習曲は全て一ページ。番号代りに、 J を除くアルファベットの25文字が振ってあるので、『ABC』なのです。

それにしても、速度指定には参ります。4分音符=120 を越えるものばかり。つまり一秒に4分音符二回、8分音符なら4回以上打つんです。

『メトードローズ』には一切速度指定が無かったので、4分音符はこのくらいかという程度で満足して、速く弾く練習を殆どせずに終えました。『ABC』に入ったからと言って、急に速く弾けるわけもありません。

 「指定が速過ぎる!」

と南戸麻亜さんに泣きついたところ、

 「指定通り弾ける人だったら、
 『ABC』などわざわざやらないわヨ」

との有難いお言葉。常識的に考えても、70で始めて半年やそこらでそんなに速く指が動くわけないじゃん... それに、バラードみたいな感じの曲がむしろ好みです。そこで『ABC』を開くたびに、「速く弾けなくてもボクは別に困らないんだよ。でも努力はするから許して頂戴」と、居直りつつお願いする毎日... な〜んてね。

さて25曲の内、

 E:左手が始めから終りまで、同じ二和音を全音符二つずつタイで結んである。これでは実質右手だけの練習だし、特別な意図も無さそう。
 S:こういう形で腕の交差を練習する気にはなれない。
 W:ジャン-ジャック・ルソーの曲で、他の曲に比べると簡単そう。練習曲として設計されたのでないのは明らかだし、私はルソーの隠れ信者でもない。

と難癖を付けて、3曲飛ばしました。

飛ばしたと言えば、各ページ冒頭にある一段だけの予備練習も全てパス。すぐ下の練習曲にどう効くのか今一つはっきりしない上に、予備練習もスムーズに弾けるまでやると、一ページに3〜4日余分に掛かりそう。平均3.5日×25=87.5日、つまり『ABC』を終えるのが3ヶ月も先になってしまう。その間にあの世からお迎えが来たら... と思うと、とても面倒見てられません。

そんな調子でやってきて、2019年2月に『ABC』終了、と宣言するのは何やら後ろめたい。それに、とにかく早く上げたい一心で来たけど、凄く気に入ったのに弾けない曲は山ほどある。やっぱり少しでも上達したいというわけで、最初に戻って復習を始めました。今度は予備練習もやります...

ぴあの(11)『メトードローズ』を終えると


日本ではル・クーペの

『ピアノの練習 ABC』
 (安川加寿子 校訂・註)

が自然な流れとされており、私も『メトードローズ』と一緒に買っちゃいました。

しかし『メトードローズ』の日本語が時々ヘンなので、仏語のプロとして真実を突き止めずにはいられず、原書を購入。すると何と訳本・第六課の口上に、

「この最後の課程を終ると、クラシックの易しい楽曲等が弾けるようになります」

とあるところ、原文では:

 「この最後の課程を終ると、『ピアノの二年生』に入れます。そこには (今まで見開きの右ページにあったような) 楽しい曲に加えて、皆さんのレベルで弾けるようにアレンジしたクラシック作品の抜粋が入っています」

とある。つまり『メトードローズ』は実は『メトードローズ ピアノの一年生』だったのであって、訳の出ていない『メトードローズ ピアノの二年生』が存在するのです。当然取り寄せました。しかし4300円も掛かったのに... これは失敗に終りました。 

どういうわけか、出だしが ぴあの(7)でご忠告した「タイ」の練習で、一気に戦意喪失。そのあとのページを見ても、譜面の様子が『メトードローズ ピアノの一年生』と異り、何となく混乱した印象があって、食い付く気になれない。

これはきっと、安川加寿子センセイに逆らったのがいけないのです。恐らく『メトードローズ ピアノの二年生』の内容が余り良くないので、『ABC』をお訳しになった(急に敬語です)。そうとも知らず、『メトードローズ ピアノの二年生』を日本に紹介した人間として歴史に名を残そうなんて、セコイことを考えた罰が当りました。

改めて『ABC』を見ると、最初の練習曲はすぐに手を付けられそうな感じだし、何より譜面を見ていて真当な感じがする。不思議なもんです。早速取り掛かりました。実質的に音階練習なのに、うまいこと味付けしてあって、練習していて飽きません...

哀愁の調べ...(8)「瑠璃色の旋律」


Cerulean Melody
(パソコンでは、クリックすると動画が別ウインドウで流れて、聞きながら読めます)

曲の進行に合わせて画面に映る譜面を見ると、ちょ〜簡単。こんな譜面でこんなに美しい曲があり得るのか、と飛び付きました。

実は前世で大学の数学教師をしていたせいか、昨年夏ごろまで「ボクには論理的なバッハの曲が一番性に合う」などと思い込んで、それ以外は見向きもしなかった。

しかし余りに禁欲的な生活に疲れてイージーリスニングに手を出し、昨年8月頃ロシア系のものに出合った (「ロシア風い〜じ〜りすにんぐ十選」)。

これがフランスやイタリア系より遥かにしっくりくるので、以来ロシア語の音楽動画を片端から開いて、何十となくブックマークしてきた。最初の10秒で捨ててしまうのも入れると膨大な数だし、気に入った曲はある程度の時間ひたっていたいものなので、2分を切るものは開けずに却下。

ところが、暫く前にうっかり1分44秒の曲を開いたところ、心に沁み入るような、その名も「瑠璃色の旋律」。

冒頭に書いた通り、譜面が一段毎に表示されて全部で9段。ご覧のように、左手は一部を除いて一小節に同じ和音が4回繰り返されるだけなので、実質的には右手さえ制御すれば良い。しかもそちらはところどころ休符が入り、それが左手の和音を浮き彫りにする一方で、右手の制御を助ける...

という具合に初心者にぴったりの作りなのに、正に哀愁の調べ わが心を慰む。

たったの9段、譜面を動画投稿者に下手な英語で頼んだりしているより、スクリーンショットでコピーした方が早いと、一時間... いや二時間掛かったかな。とにかく譜面がばっちり手に入りました (Macの場合、Shift, Command, 4 のキーを同時に押すと、ブラウザのウインドウの中で欲しい部分だけ長方形に切り取れる)。

さて理屈は上に書いた通りですが、いつものことながら左手の和音は全部頭に、と言うより指に覚えさせねば続けて弾けない。それさえできれば、休符のお蔭で右手は目で見ながらでも弾いていける。そこで現在練習中のバッハ以外の二曲そっちのけで、日夜励むこと数日。漸く1/4倍速で通して弾けるところまできた。ほっ。

しかしせめて1/2倍速にはせねばならないが、これが容易でない。ちょうど一年くらい前に (「哀愁の調べ わが心を慰む (16)」)、船橋のストリート・ピアノで拙い演奏を聴いてくれた鍼灸院の美女達に、聞かせて上げられるのはいつのことやら。そもそも、いつになったらこの記事を読んでもらえるのか知らん...

追伸その一 同じような雰囲気の曲が、他に幾つも出てきました。どれも私に何とか弾けそうに見えるので、ついつい目移りがしてしまう:

 フランス風小曲
 魂の旋律
 Actress

追伸その二 わざわざ辞書を引くのが面倒な読者のために、瑠璃とは「光沢のある青い宝石、ラピスラズリ」(『大辞林』)。

ぴあの(10)とにかくゆっくり弾く


連載 (6) の最後に、『メトードローズ』の練習曲は『バイエル』より音楽性を感じると書きましたが、中には何の感興も湧かない曲もある。そういうのに限って、幾ら繰り返してもミスらずに弾き通すことができない。
 
厭な曲でも辛抱して弾かないと上達しないの?
何の魅力も感じない曲をしつこく弾いていると、ボクの豊かな感受性が失われてしまうんじゃないの?
 .....
などと心は千々に乱れるのであります。

第六課 (総集編) の直前二曲が正にそうで、上がらない限り進むのを禁じていると、憂鬱になって練習も楽しくない。これでは仕方がないと取り敢えず第六課に入ったところ、気分も良くなり、問題の二曲も改めて練習する気になりました。  

その時、例の『ピアノレッスンのヒント』のアドバイスを思い出したのです:

 a) 途中でつかえた時は、また頭からそこまで弾いてくるのでなく、つかえた部分を集中的に練習する。
 b) 一曲をミスらず弾き通せない時は、ゆっくり弾いて確実に弾けるようにしてから、テンポを上げる。
 c) 筋肉というのは、速い動作をしても余り鍛えられないことは、様々なスポーツ分野のトレーニング研究から分っている。
 (中略)
ゆっくりした動作を確実に実行することで、弾くのに必要な指の筋力が付く。

これを改めて読んで、いつまで経っても弾き通せないのは、速度を落とし足りないのだと漸く気付きました。そこで、一音一音確かめながら弾くくらいに速度を落としている内に、厭だった二曲も何とか上がりました。弾き通せない時は徹底的に速度を落とし、確実に弾けるようにしてからテンポを上げる。この方が遥かに効率の良いことを、確信した次第です。

自分なりに分析してみた結果、

 1)それなりのテンポで弾いていると、難所を通り過ぎた途端にミスる。
 2)少し先で指を一つ通常の位置からずらさなければ、と思っていると、その手前で別の指がずれる。

といった現象に気付きました。ほっとして集中力が落ちる、指の次の動きが気になって、それより前の動きを邪魔する、など無意識的なものらしい。ゆっくり弾くと、そうした無意識の絡みを切り離す効果もあるような気がします。

こうして試行錯誤の末、2018年7月に『メトードローズ』終了。

ぴあの(9)腕を痛めると大変なことに


私のように高齢の方は、腕のメンテにお気を付け下さい。実は既に右手の肘に軽い故障があって、東京の某鍼灸院に通っておりました。しかしピアノを始めてからは、予防も兼ねて週一に頻度を上げ、時間も増やしました。

三ヶ月余り過ぎて、久し振りに本棚の上まで掃除機を掛けたところ、左手上腕が激しく痛み出し、急遽治療してもらいに行きました。治療が過ぎるといけないと思い、「90分連続集中して可能な範囲で」と言ったところが、「90分目一杯やって欲しい」と解釈され、翌日から4日間ひどい揉み返しです。

掃除の翌日も練習できるようにと治療を頼んだのに、ピアノどころか、仕事の準備のパソコン入力も右手だけで、という状態が三週間近く続き、鍼灸師を恨みました。近所の同世代の人達に手当り次第尋ねて、漸く船橋の先生を紹介してもらって一息つきました。

それでも、5月末に予定通り家族旅行で九州に出掛けた頃から、漸く弾けそうな感じに。まず高千穂に行ったところ、さすがヤマハの音楽教室、ここでもお寺の一角にあって、一時間弾かしてもらいました。

ご住職に電話した時は一時間千円の約束だったのですが、実際に出て来たのは奥さんで、終って声を掛けると「お金なんて結構です」と仰る。一旦石段を降りて帰り掛けましたが、「あれだけ弾かせてもらって何も払わず帰るとは何事か」と考え直し、お布施ということにすれば断れまいと、千円預けて帰りました。

阿蘇のホテルではロビーにカワイのグランドピアノがあって、チェックアウト時間を過ぎた人のいない時を狙って、遠慮しながら練習。

天草のホテルでは、ロビーから見える別の空間にヤマハのグランドピアノが置いてあって、「自由にお使い下さい」ときました。立派なピアノで、私には豊潤過ぎる音色でしたが、初めて同社のグランドピアノを体験しました。幸い、電子ピアノに慣れた指でも、タッチの差が気になるようなことはありませんでした。

以上は、腕のメンテのお勧めと同時に、掃除などひと月くらいしなくてもいいじゃん、という趣旨でございまして、ピアノを始めたら掃除は配偶者に押し付けましょう、と申しているわけではございません。

追伸 船橋の先生は大変優秀で、その後も定期的に通っています:

 おれんじ鍼灸院

今から思えば正に、人間万事塞翁が馬です。

ぴあの(8)バッハに開眼:叙情の調べ七選


ここでちょっと一息。

若い頃は専らロマン派を聴いたのに、いつ頃からかバロックのハープシコード曲が好きになりました。最近はハープシコードの音よりピアノの方が澄んでいるように感じて、練習中に指や腕を休める間、YouTubeでバッハのピアノ曲ばかり聴いています (正確にはピアノ・バージョン)。一々CDを買わなくても... と言うより、一々買っていたら幾らお金があっても足りないのに、色々聴けるのでYouTubeサマサマです (但し追伸その一)。

実は不肖私、バッハのピアノ曲は「平均律クラヴィーア曲集」の一部くらいしか知らず、何となく退屈に感じておりました。YouTubeの「おすすめ」にバッハの曲があれば取り敢えず聞いてみるようになったのは、魅力的なお姉さんのお陰です:

 ピアノ協奏曲第1番 (BWV1052)
  
旋律の凄く綺麗な部分があって、繰り返し聴きました。でもあんなに長いイヤリングを付けて、集中力の妨げにならないのか知らん...

それはともかく、他にも素敵な旋律があるのではと考えている内に、グールドの動画「トッカータBWV910 〜 916」に遭遇して閃きました:917, 918,... と番号順に検索しては聴いたらどうか知らん。

この時点では、BWVがどういう番号の振り方をしているのかさえ知らなかったのですが、ともかくこの作戦が功を奏して、前奏曲や幻想曲などにびっくりするほど綺麗な旋律があるのを発見しました。折角ですから、ブックマークした動画200項目から粒よりをご紹介 (CMにはご注意下さい:追伸その一参照):

 BWV940 Prelude in D minor
 
 BWV921 Fantasia in C minor

 BWV853 Prelude and Fugue
 の Prelude (3分32秒まで)

 BWV797 Sinfonia No. 11
  
 BWV784 Invention No.13
  
 BWV788 Sinfonia No.2  
   
 BWV543 Fugue
 (オルガン曲をリストが編曲)
 
追伸その一 連載 (1) で申したことを繰り返します。
 この連載では何度もYouTubeの動画をご紹介することになりますが、その度にCMを見させられるのはさぞお腹立ちでございましょう。私も最初はここに悪態の限りを並べましたが、暫く前にYouTubeを一切CM無しで見せてくれるブラウザ"Brave"が見付かり、それ以来YouTubeを悪く言うのを止めることにしました。
 何と言っても、バッハにせよイージーリスニングにせよ、一々CDを買わずに色々なものが聞けるのはYouTubeサマのお陰です。CMがお厭な方はBraveをお使いになれば宜しい:

YouTubeがCM無しで見られるブラウザ"Brave"

昨年9月にこの記事を書いて以来もう半年になりますが、変なことはされておりません。私などは、何か素敵な曲が見付からないかと動画を片端から開けるものですから、Braveは正に天の助けです。

追伸その二 「前奏曲とフーガ」に素敵なものが沢山あるのですが、残念ながら私の鑑賞力ではフーガに入ると退屈してしまうことが多く、殆ど割愛しました。

追伸その三 BWV921は、ウィキペディアの『バッハ作品一覧』で「偽作?」とされています。でも、バッハじゃないと確定したなら「?」は付いていないわけだし、YouTubeでも有名ピアニストが何人も彼の曲として弾いているので、残しました。

追伸その四 BWV543の動画は10本近くありますが、上に挙げた動画が一番情感豊かに聞こえます。

森元会長:お年を召してデキなくなった男性を、もう男とは言えないお方ですがと紹介するのか知らん?


東京五輪・パラリンピック大会組織委員会前会長の森喜朗元首相は26日夜、東京都内で開かれた河村建夫元官房長官のパーティーで、「河村さんの部屋に大変なおばちゃんが一人おられる」と河村氏の事務所のベテラン女性秘書について話題にした際、「女性というには、あまりにもお年なんですが」と述べた (『デジタル朝日』)。

「女性が沢山入っている理事会の会議は時間が掛かる」との発言が問題視された時も、本音は恐らく「このくらいで謝罪会見なんてできるか」だったのでしょう。でも五輪開催時に組織委会長としての栄誉を満喫するため、忍び難きを忍んで謝罪会見を行った。なのに、あと半年というところでおろされた。今更何を自重する必要がある、あとは野となれ山となれ... そのお気持は良〜く分りますが、じゃあお年を召してデキなくなった男性のことを、

「もう男とは言えないお方ですが」

と紹介するのか知らん?


それで思い出しましたが、フランスのカトリック教会では中世以来、聖職者の家政婦は40歳以上でなければならなかったそうな。神父が誘惑に陥らぬようにするためとされているが、本当の理由は他にあったのではないか。何せ、教皇の地位にありながら子供を作った例も記録に残っている世界ですから、件のルールの実質的な目的はむしろ、相続問題を避けることだったのではないか。「万一手を出しても子供はできるまい」だったのではないか。

と申しますのも、フランス革命以前のカトリック教会は膨大な財産を抱えていて、神父様,司教様,...のご落胤となれば、勝手に始末するわけにもいくまいし、相続がとんでもない紛争を生じる可能性があったからではないか、と愚考するものであります。

ぴあの(7)『メトードローズ』に関するご注意


この連載を読んで『メトードローズ』をお買いになった方に、老婆心からのご忠告です。

1)『メトードローズ』は恐らく『バイエル』より進み方が早い
 その分じっくり・みっちりやらないと、身に付かない。私は、ページ数にして2/3程来たところで急に前に進めなくなり、それまでの練習が不充分だったのだろうと、第二課 (p.12) の最初から復習を並行して始めました。復習すると、少しは上達したんだという気分も味わえます。

2) p.30-36にある「タイ」の練習 
 音大卒の南戸麻亜さんのアドバイスを以下に要約します:

p.30 
このタイの練習はハード過ぎる。
慣れない内は、ある音を押えたままにすると、残りの指は、想像以上に自由が効かなくなる。
(中略)
ここで意地を張って頑張ると、無駄に手を痛める。

p.32 も同様。

p.34 入門者に課す課題ではない。理屈だけ理解すれば、できなくても問題無し。

p.36 の下:理屈だけ理解すれば、練習はパスして構わない。

とにかく、一連のタイの練習にはびっくりした。それよりも、別な指の動きの練習をする方が有効。
 (要約終り)

以上を読んで私は、この辺の練習は全部パスしました。指を痛めたら致命的ですし、本来の練習曲に出現した時に練習すれば充分と考えたのです。

3) p.56、58-9 の音階練習について
これも、無理にやらなくても良いそうです。

4) ここで告白しますが、「スラー」とやらは全くできておりません
 『バイエル』では最初から指示が出ていましたが、そんなことを気に掛けていたら、上巻が終る前にあの世からお迎えが来てしまうと思い、『メトードローズ』に移ってからも一切無視。南戸麻亜さんも「最初からそんなものができたら苦労はしない」と言ってくれました。「無視して良い」ではありません...
 
そう言えば、最初の頃は両手の音が少しズレましたが、全くズレずに弾けるまで繰り返していたら、上巻が終る前に...以下同文、大目に見て進みました。幸い、進むに連れてズレが自然に無くなっていきました。
 
告白ついでに申しますが、スラーの他にも、強弱が付けられません。そんなことに気を使っていたら、音を間違えてしまう。
 
こんな調子ですから、曲らしい曲が弾けるようになっても、「音は合ってるけど、音楽には聞こえない」と言われるに違いありません。でも、自分が旋律を楽しめればいいんです。

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閃緑藻
おのこ、フランス語通訳。
2008年に60歳でブログ開始。
題名は、17世紀フランスの宮廷詩人ラ・フォンテーヌの寓話詩の一節から取りました。